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【創作大賞2024・お仕事小説部門、参加作】生か死か 序章

あらすじ
医療は、この地を支えている。施療の時代を乗り越えた医療であるが、此処、四駄郡では未だ施療を続ける医師がいる。積田医師はその一人だ。彼は異色の業種変更で医師になった。西町診療所を受け持つ彼に試練とも言えるパンデミックが襲う。彼が取る行動は医師を超える患者奉仕となった・・・


本編

プロローグ

この世の中はパンデミックに襲われた。人々は生か死かを選ぶ時、生きたいと懇願する者で溢れた。
死とは限りなく近い存在であるが故に理解出来るような錯覚を覚えるが、生きている人間には自身が死に会うまで分かることはない。
人間は分からないと言う物事には臆病で脆いのである。それは社会という世界が人々の認識という言語で統一されているからであり、この世に人間と言うものはそもそも存在していなからである。


第1話  四駄よんだの町


感染症とは、微生物が人に寄生し増殖しながら病気を齎す事をいう。


「お父さん、細菌怖いかや」

蛭田ひるたトマキは地デジ放送で流されてくる感染による死者の数字に怯えながら、夫の蛭田少佐郎に小声で呟いた。

「怖いかや言ったってんどうじゃあれしゃん」

少佐郎は迫りくるこの町の総感染に打つ手が無いとしか言えなかった。

「このままただ死を待つしか手立てはないのか、国は何をしているのか、具体的な政策を示すべきだ。」

心の中には言いたい事が山程あったが、僻地の一市民が何を言ったところで国が変る筈も無い事は誰しもが思っている事だと、捨て切れない気持ちを毎日一杯の玄米茶と一緒に何度も呑み込んできた。
地デジニュースは総理の緊急記者会見の映像に切り替わった。

「皆さんの命は私が守っていきます。ウイルスをこの国から消し去る為に科学技術省と防衛省が連携し抗細菌拡散装置を開発中で有ります。これが出来上がれば細菌をこの国から消し去ることが可能となり皆さんに平穏な暮らしが戻る事をお約束出来ます。それまで自粛をお願いします。」

この非常時に冷静沈着な表情で淡々と喋る口調が支持率の低下を招いている事は、一部を除いて市民の心には納得出来ていた。

「夕飯にすっかや」

トマキはこんな時にと思いながらも「人間は食べんと死っかや、しょうないっかや」そう心に言い聞かせ少佐郎に食事を促した。

生きたい、そう考えたのは彼女一人ではない。
しかし、この国には生きたいと願う者を否定する人間も存在している事も事実としてある。

「人間は遅かれ早かれ死を迎える」

大勢の人達はこの言葉に納得して仕舞う。
死を経験していない生きている人間のその言葉を信じているだろう。

トマキはいそいそと無地の白い皿に乗った焼き鯖と夫婦茶碗にご飯、わかめの味噌汁そして白菜の漬物を炬燵テーブルに用意した。
少佐郎は無言で手を合わす。
トマキもはんで押すように倣った。

四駄郡は、この国の象徴でもある霊峰嵩開山たかかいやまの麓にある。
嵩開山は国土の中心に聳え立ち4213メートルの高さがある。
嵩開山からは薩皆さっかい川が流れその周りには櫂秦かじやす山脈が連なる。
10年前、旧石器時代の遺跡や遺物が多く発見された事でかなりの人口がこの地にあったことに注目された。
それまで燃料革命による林業の衰退、高齢者が50%の限界集落となり三ちゃん農業つまりお父ちゃんはこの地を出て働き行き、高齢夫婦とお母ちゃんがこの地を支えざるを得ない状況であったが、遺跡の発掘を取り上げた放送界が石器時代の住人達をそのまま現代にタイムスリップさせた生活風景をCGで復元し。
都市部の人達の田舎暮らしへの不安であった土砂災害、山林崩壊、経済の問題、交通インフラそのすべてを解決させる要素を詰め込んだ番組によって山間地への移住を安心なものとした。
戦後行われた大規模な植林の管理不備を露わにし、枝打ち間伐を適切に行って鬱閉を防いでいけばクラストが無くなり、山林が崩れる事のない安全な土地になる事、都会の子供に対する異常な事件に関しても自然に囲まれると大人子どもを問わず闇の無い純粋な心を持つ事ができ、特に子供たちは体調を崩しにくく精神的なストレスを感じなくなるという精神医学のデータ、この地の事件にも触れ都会で起こるような異常な事件が0であった事、戦争を否定する人たちが多く僻地に良くあるような差別、偏見を持たない、ノーマライゼーションでやさしい高齢者しかいない事などを紹介した。

するとまず通勤圏内だという人たちから移住者が集まった。
四駄郡の行政も動き始め移住者には土地と家を格安で与え、新学校の申請を行い遂には大学まで出来あがった。
火の着いた人流は留まる事を知らず陶芸家や旅館経営者、アクティビティー施設開設、飲食店などにより雇用を生んだ。
何よりも移住者に長く親しまれているのは人口増加にも関わらず舗装道路を造らなかった事で、「自然と共生出来る処がキャッチーだ」とSNSなどでも拡散され、この10年の間に都市部からの移住者が半数を占める人口3000人の大きな群落になった。
北町と西町の二つに分かれており地元住人の多くは家族経営の農家で産物は殆んどが原木椎茸。樹林地帯に適した農業を行っている。
移住者が経営する飲食店では地元原木椎茸をメーンにメニューを作り多くのメディアで取り上げられている。
高齢化で廃れるばかりの原木だがこの町に移住してくる人の年齢層は20から40代が中心で自らが進んでチャレンジしているおかげで重労働の原木栽培ではあるが益々盛んになっている。

 「蛭田の爺ちゃん!」

四駄の地元の家は原木屋敷と呼ばれ一軒一軒が武家屋敷の如くに伝統のある家屋と広い庭を保持している。
高齢者が殆んどで、まともに玄関で呼び出しても相手にされないのは移住者が一番初めに覚えることである。
少佐郎の家は庭に面した縁側から声掛けしないと大音量のテレビ音にかき消される。
大声で呼んでいる若い青年はこの地で原木栽培にチャレンジしている豪達 健斗ごうたつ けんと22歳。
少佐郎は引退してもこうして若い人達に原木のノウハウを教え込んでいるのだ。


第2話 椎茸


「はい。」

ワンテンポ遅れる形でトマキが返事と共に縁側の障子をやっと開けた。
聞こえるかどうか何時も不安な気持ちで待っている健斗は大きく息を吐きだした。
トマキが「お父さん、健斗君」と言うと、返事を待たずに少佐郎は笑顔で「どうしたかや」又何かあったかと思考を巡らす。

「爺ちゃん、椎茸が殆んど開いてしまって売れそうにない。」

健斗は赤の他人と言っていい少佐郎を爺ちゃんと呼ぶ。
それは、田舎の若いものの特権的言葉と少佐郎も解釈してる。
悪意が無い、信用しているの証なのだ。

「それは、ほだ木が乾き過ぎじゃ。」

ゆっくりと縁側に出て立ち姿のまま健斗と対峙した少佐郎が続けて「浸水はきちんとやっかや。」と慌てて言った。
原木に種駒を打つ前に等サイズに切ったほだ木と呼ばれる丸木を、しばらく浸水する。
十分に水を含ませないと原木が乾いて椎茸の傘が開いてしまう。
そうなると椎茸の旨み成分である胞子が全て落ちてしまいそのものの値打ちが下がるのだ。
大きければ美味いと勘違いする事が多いのが椎茸である。
健斗は、熱くなった表情で、「ちゃんとやったよ!」と噛みつきそうな勢いだ。
その答えに少佐郎は空を仰ぎ、「そうか、この異常気象でもう4カ月近く雨がない。

「健斗、ほだ木の周りの土に給水ポンプで水を流せ、溜まるくらいじゃ、子実体には絶対当てるなや。」

少佐郎は健斗よりも若い口調で指示する。

「子実体ってなん?」

椎茸農業2年半の健斗には理解できない言葉だった。

「椎茸の事かや」

少佐郎の見下す事のないやさしい口調に恥ずかしさを余計に感じて健斗はすぐに山へ軽トラを向けた。
子実体の傘などに水滴などが付着するとその部分が黒ずんで売り物にならなくなる。
農業は理屈だけでは生産はできない。
自然のなんたるか、それを体で感じ取ることが大事だと少佐郎は健斗に身を持って教えたつもりだった。


この町に細菌が入り込んだのは2か月前の事だった。
西町に一件しかない診療所に声がかすれて喋り難いと言う女性の患者が来院した。

「先生、昨日から息が苦しい感じで声を出すのに無理しないといけないほどなんです。」

診療医の積田つみだ医師は、喫煙者であったその患者に「扁桃が少し腫れてますね。今度取りましょうね。」と安易な判断でうがい薬を処方した、が、帰宅したその患者がその日の夜に息を引き取った。
享年31歳だった。
積田医師はおかしいと思ったが、下気道呼吸器感染症による細菌性肺炎の死亡診断書を作成した。
しかし、LRTI(下気道呼吸器感染症)は発展途上国の幼児の症例が多い。それがこの国でしかも大人でというのは中々考えにくいものだった。








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