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睡眠時間が足りている
睡眠時間と読書の関係
読書を積み重ねていくこと
読書を積み重ねていくと、知らないことが増えていきますよね。
当然ですが、『知らないことを知らない』という状態にあることがほとんどです。
私たちは、知らないことを知らないことが多すぎます。
読書を積み重ねると、知らないことが増えていくため、闇の中に放り込まれるような感覚になります。
その状態では、いくら本を読んでも、理解できないことがほとんどという状態となり、「本を読んでも意味が分からない」という状態になります。
これは実は特別なことではなく、今現在も、ほとんどの人はこういう状態で本を読んでいます。
意味が分からないのに、本を読んでいる。
「え?本の意味を分かって読んでいるつもりです」
という人も居るでしょう。
しかし、ほとんどの内容を理解していないのです。
本の内容というものを、本当に理解しているのなら、例えば本を一冊読み終わったとき、その本の内容を本を見ずに、隅々まで漏らさず言えますか?
言えないことが多いと思います。
それは、本の内容がわかっていない証拠です。
何度も読んでいる物語などは、言えるものがあるかもしれません。
そう、そういう本こそ、『真に内容を理解している本』ということになるのです。
つまり私たちは、ほとんどの本の内容をちゃんと理解していないにも関わらず、『理解した気になって』過ごしているのです。
本当に理解しようと思うのなら、その本を、暗唱できるほどに理解している物語を読んだ回数ほどに、読む必要があるのです。
一つ一つの本に対して、そこまで読み込むことは不可能です。
ですから、本を何冊も読めば読むほど、知らないことが増えていくことになっていきます。
知りたいことが増えてくると本が読みたくなる
では、知らないことが増えてくるとどうなるかと言うと、そう。
本が読みたくなるのです。
知らないことについて書かれた本を読みたくなる。
そうすると、また、知らないことが増えてくる。
それを知るために、また、本が読みたくなる。
そういったスパイラルに入っていきます。
「本が読みたくて仕方がない」
私はほとんどの時間を、この思考に侵さています。
本が読みたい。
そうすると、ある本を読んでる最中に、「あ、このことが書かれた本があったな」と、違う本を手に取り始めます。
そうすると、本を梯子していきます。
本を梯子すると、最初に読んでいた本のことを気にし始めます。
「あ、そういえば、あの本を読んでいるんだった。あの本を読み終わってから、この本を読むことにしよう」
そう考えて、元の本に戻ります。
元の本を読んでいると、「う~ん。やっぱりさっきの本が気になる~。やっぱり、一番興味のあることを読んでおかないと、この興味が薄れてしまってはもったいない」と考えては、梯子した本に戻っていく。
こんなことを毎度毎度繰り返しては、いろんな本の内容を頭に入れていきます。
すると、どの情報がどの本に書かれていたものだったのか、忘れてしまうのです。「あれ?これは、この本に書かれていたと思ったのに、探しても見つからない」なんてこともしばしばです。
本が読みたいから時間が足らない
本が読みたいのに、時間が足らない。
そうなってくると、私は睡眠時間を削り始めます。
いけない事だとは知りつつも、どうしても削れるのは睡眠時間だったりするのです。
他のところで時間を捻出しようと試みるも、上手くいかず、寝る前に本を読んで、目がギンギンになったりしちゃうのです。
これには、私も参っているのですが、それよりも何よりも、本が読みたいのですよ、私は。
致し方なくとはいえ、睡眠時間を削ったら、睡眠時間が足りなくなるのではないの?というツッコミもあるでしょう。
しかし、ここまで来てしまった私は、本が読みたい欲が強すぎて、睡眠時間が最低4時間でも仕事ができるほどになりました。
睡眠時間を削っても、本が読みたくて仕方がないのに、私は睡眠時間が足りている。そんなお話でした。
でもさすがに、ここのところの花粉のせいで、薬を飲まないと鼻水のすすりすぎで頭痛になる花粉症の私は、薬のせいで睡魔に襲われてしまう春のいたずらに苦しんでいます。
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