春が二階から落ちてきた
テレビドラマ・映画マニアの妻は私の想像の範囲外
この間、youtubeで面白い番組を見つけた。
『木曜日は本曜日』
という番組である。
本について、読書について、本屋について、ゲストとのエピソードトークを交えながらその人のおすすめ本を数冊紹介する番組である。
この番組で私は、ラランドニシダさんと言う芸人さんが読書家だと知った。
松井玲奈さんや加藤シゲアキさんが、ただのアイドル上がりの“片手間作家”ではなく、私などよりも真剣に本と向き合っていて、私などよりも深く読書を愛されているのだと知る事ができた、大好きな番組である。
『木曜日は本曜日』で、フリーアナウンサーの宇賀なつみさんがゲストの回があった。
宇賀さんは、伊坂幸太郎の『重力ピエロ』をご紹介されていた。
「春が二階から落ちてきた」という書き出しを絶賛されていて、お天気お姉さん時代に使った事があるとご紹介していた。
春というのは、主人公の弟の名前である。つまり、弟が二階から飛び降りてきたことを表現しているのだが、私にとっては川端康成の『雪国』に匹敵するほどの書き出しだと思っている。“書き出し”について絶賛していたことに、とても共感したのだ。
先日、妻が突然、本の話を始めた。
彼女は読書を趣味とはしていないため、大変珍しい事だったので、驚きと同時に嬉しくて全力で耳を傾けた。
「あのさ、この間、とっても面白いっ友達から聞いた小説があったの!」
なんて可愛いのだ。
やはり、本の話をしている人は、キラキラと輝いている。
眩しくてサングラスが欲しい。
「どんな本なの?」
私が尋ねる。
気分は、誰よりも本を読んでいる読書家気取りである。
どんな本でも、私がズバッと当ててやろう。
私の読書量を舐めるんじゃない。
「あのね……。あれ? なんだっけ?」
タイトルを忘れたということだった。
それもそうだろう。
私のような読書家でも、さすがに読んだことのない本のタイトルは忘れがちである。
妻のように、ほとんど普段は本を読まない人にとって、このハードルは高い。
致し方ないことだ。寛容になろう。大きな心で受け止めてあげようではないか。
「あ、そうそう。“書き出し”っていうの? 一番最初の出だしが面白いんだって言ってたの!」
書き出しが面白い作品は多々ある。
冒頭に述べた『雪国』は有名であり、(国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。 夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった)という書き出しは、日本文学最高峰だとも言われている。
他にも夏目漱石の『吾輩は猫である』も面白い。(吾輩は猫である。名前はまだ無い)という書き出しの方が、最高だと述べている文学研究者も多い。意見は完全に二分していると言ってもいい。
「あ、そうだ! なんだか高いところから人が落ちてくる話だった!」
高いところから人が落ちる?
天空の城ラピュタが頭の中を支配する。
確か、ヒロインのシータが、拐われていた飛行船から逃げ出す際に、誤って足を滑らせて、雲より高い上空から落ちるところから、物語が始まるお話だ。
いくら何でも、ジブリ作品ではないだろう。
切り口を変えてみる。
「誰が書いた小説なのか、わかる?」
「あ、それはわかる! 吉田鋼太郎!」
今度は俳優が出てきた。
なんてことだ、わからない。
吉田鋼太郎が出演している映画の原作か、何かだろうか。
妻は、休みになると自宅にこもって、一週間分のテレビドラマを見て漁るほどの、“テレビドラマ・映画マニア”なのだ。そうしたことも考えられる。
しかも、それさえも認知している妻の友人であれば、ドラマを餌に、妻を小説の世界に引き摺り込もうと考えることも考えられる。私も、そうやって、撒き餌をして、妻を本の世界に取り込もうとしたこともあった。
「あ、違った。い……池井戸……こうたろう?」
そんな人はいない。
半沢直樹が怒るだろう。
変な名前をつけると、倍返しされるかもしれない。
全くピンとこない私を見かねて、妻は作品の冒頭を思い出そうと必死になっている。
「あ、そんなに高くなかったかも。ビルの屋上とか?」
落ちてくる高さのことを言っているらしい。
それにしても、ビルの屋上から落ちたら、高さにもよるが、死んでしまうだろう。
ビルの屋上から落ちる話なら、殺人事件の話となる。それは池井戸潤というよりも、東野圭吾に近いのはないか。
「ひょっとして、伊坂幸太郎?」
ようやくピンときた私は、“人が落ちてきても殺人事件にはならない高さ”から想像して、それが冒頭にある作品ということで、『重力ピエロ』を予想した。
「あ、そうそう!! よくわかったね!」
満面の笑みで妻が手を叩く。
一つの山を登頂したような気分だ。気持ちがいい。
ようやく謎を解いた、ミステリーの主人公の気分である。
「それにしても、なんでハルが落ちてきたのかしらね。女優さんなら他にも色々いるのに、伊坂幸太郎さんは、ハルが好きなのかしら?」
女優? なんのことを言っているのだ? 話が噛み合わない。
「女優って?」
「女優の波瑠でしょ? 落ちてきたの」
「波瑠が二階から落ちてきた?」
「そうそう!」
そうだった。彼女は“テレビドラマ・映画マニア”であった。
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