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中国の西寧で手作り餃子を食べた話

「旅人が帰ってきたら麺を食べさせる。旅人が旅に出かけるときは、餃子を食べさせる」
中国人の蕾ちゃんがお父さんとお母さんの後ろ姿を見ながら、話してくれた。

中国の西寧に来て、2週間目。明日の昼には帰国する予定になっている私達のために、蕾ちゃんのお父さんとお母さんが手作り餃子をふたり並んで作っていた。
皮から作るという餃子は、牛肉と豚肉の合い挽きらしく、お父さんの故郷の味だという。故郷の味、というのは中国では家庭それぞれに作り方も味付けも違うらしく、昨日の晩に「どちらが葉子に自分の故郷の味を食べてもらうか」とふたりで相談するほどだった。

2週間前に訪れた、中国の西寧はチベット自治区の隣の省で、多数の少数民族と漢民族がともに生活する土地だ。そして、蕾ちゃんの生まれた場所でもある。
蕾ちゃんは中国人で、大学から日本に来ていたため日本語が堪能だ。今回、彼女の里帰りに合わせて、この土地に興味をそそられた私も一緒に同行したのだ。

さて、話は最終日になってしまったが、この日蕾ちゃんのお父さんとお母さんが餃子を作ってくれた。蕾ちゃんの話では、中国では旅人が家に帰ってきたら、麺類を作る。旅人が無事に帰ってきたことに感謝するため。そして、家族が旅に行く時、旅の無事を願って、餃子を作る…らしい。
昼過ぎからふたりは台所に立ち、せっせと餃子作りに勤しんでいた。

「なにか手伝おうか?」

と台所に行くと「座ってなさい」とお母さんに中国語で促される。それでも、はじめての中国での餃子作りに興味津々の私は、こっそり後ろからその様子を眺めていた。

「中国では、できたてホヤホヤは水餃子にするよ。次の日の朝は、揚餃子にするんだよ」

蕾ちゃんが解説をしてくれるので、「日本では焼き餃子がメインだよ」と言うとお母さんに訳して教えてくれた。

『焼き餃子なんて食べたことないわ』

お母さんは驚いた顔をして言う。焼き餃子は日本食なのかしら。

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さて、身がぎっしり詰まった餃子が包み終わり、熱湯で茹でて水餃子が完成した。
食卓に家族が並び、テレビを付けると、ちょうど日露戦争のドラマがやっていてお父さんがテレビをすぐに消した。

『ドラマで日本人が悪く描かれているから、葉子の気持ちが悪くなってしまう』

理由を聞いた私にお父さんが話してくれた。

『明日はふたりの旅路だから、今日は良い気分で過ごそう』

目の前にはプリプリに茹で上がった水餃子の山がこれでもかという具合に盛り上がっている。一つ箸で掴み、中国版の濃い、酸味がある醤油に浸して、口の中に入れた。皮の弾力を突き破って、突然溢れ出る肉汁。濃厚な肉の旨味に、白菜の甘さが良く合う。

「おいしい〜」

と笑うと、心配そうにしていたお父さんとお母さんが満面の笑みを浮かべてくれた。

「お父さんとお母さん、喜んでるよ。これで、わたし達の旅も無事だって」

久しぶりの家庭の餃子に蕾ちゃんも嬉しそうだ。

「お父さん言ってるよ。『蕾は一人で日本にいて、寂しくて泣いてばかりいるんじゃないかとずっと思ってた。けれども、頑張って日本語勉強して、葉子と友達になれた。日本で一人じゃない。安心した』って」

一人娘を日本に送り出したふたりのことを考えると胸が締め付けられる思いだ。
蕾ちゃんは日本人の男性と今日本で暮らしている。将来の話は持ち上がっているが、中国で暮らすお父さんとお母さんは心配をし、反対しているらしい。

『今日、餃子を食べたから、明日の旅は安全だ。安心できるよ』

お母さんが蕾ちゃんに何度も言っている。
弾力のある皮の中にみっしり詰まった餡。家族の味に少しでも関われたことに胸が締め付けられた。

「はぁー、しばらく、お父さんとお母さんのご飯食べれないの寂しいよ」

蕾ちゃんが明るい声で笑って、また一つ餃子を美味しそうに口に含んだ。
笑顔の中に、寂しさの色が浮かんだ旅の終わりの食事だった。

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