苦しい時こそ

ここ2年、僕の会社は2,000万円の借金を抱え、倒産スレスレの状態が続けていた。

毎月大量に届く請求書は払えずドンドン溜まる。
携帯電話には、クレジットカード会社からの督促が毎日のようにかかってくる。もう大体のカード会社の信用管理部の電話番号は覚えた。

その状況で、尚も毎月100万円ずつ赤字が増える。

だけど、ずっと、「何とかなる」「明るく楽しく」って言っていた。心の模様を毎日正し続けた。
そして、どんな時でも前向きになれるように模索を続け、「言葉」を探し続けた。

本当に苦しくて、苦しくて。
正に地獄だった。
でも、そんな時だからこそ、素晴らしい言葉、考え方に出会う事ができた。今では天に感謝している。

もっとも苦しい時、それはメインバンクから「追加の融資は厳しい」と言われた時だろう。死刑の宣告だ。

「終わった。家族は、どうしよう。」「何とかなると信じて、無理にでも明るく振る舞ってきた。ビジネスも成功法則も一生懸命実践し、努力してきた。なのに、なぜ。。。」
そう思った。

そんな時、奇跡と思えるような出来事が連続で起き、その都度「知り合いの誰か一人」の顔が明確に想起されるという出来事が続いた。そしてその時の奇跡は、何度も仕事と心の窮地を救ってくれた。本当に沢山の顔が出てきた。

突然想起された人物の中で、最も印象が強かったのは父の顔だ。
突然父の顔を思い起こすことなんて大人になってから全く無かった。昔ながらの頑固で恐ろしい父。今でも萎縮するし、恐怖の象徴でもある父の顔。

そこで、「悟り」という程大層な事ではないが、僕はパッとある考え方が浮かんだんだ。

「父さんは、俺を応援してくれていたんだ。ずっと。」

何故か、絶対に間違いないという自信がある。

ずっと陰ながら応援してくれていた父さんの「想い」が、時を超えて現在の僕を救ってくれたのだと信じている。

良い「想い」も、悪い「想い」も。
「想い」は時と空間を超えてコミュニケートされる。

そして数々の軌跡の後、遂に僕は最高の言葉に出会った。

「俺は、自分の人生が大好きだ。」

その言葉を起点にして、僕は「こんな状況も、素晴らしいストーリーには必要不可欠だ。」と思えるようになった。
起承転結のうねりの中で、一番感情が震える体験だ。
なかなかできるモノじゃない。って。

その後、僕は状況を一転させるアイデアを思いつき、現在も会社は存在している。

この一年、僕はいくつかの本当に素晴らしい言葉達に助けられた。

苦しい時こそ、天が用意したご褒美は大きいと思う。僕は苦しい時に出会った素晴らしい言葉達と一緒なら、また大きな山を目指す事ができると信じている。大切な資産だ。

僕は「自分の人生が大好き」だ。

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