黙して語らず

 僕はクラブ、ライブハウスに行っても黙って誰にも声をかけずにいることも多い人間です。良い曲が掛かれば話そっちのけでフロアの真ん中で踊っていることもしばしばあります。「あの人何者なの?」そんな声も聞こえてきます。その上、人に聞かれない限りは自分語りはあまりしないようです。人に聞かれても自分のことを話すのが面倒なのです。だから得体の知れない人間に見られることも多いですね。実は元から社交的な人間ではありません。どちらかといえば人見知りの部類に入ると思います。社交的でもない人間が何故にDJやバンド?!と言われてしまいそうではありますね。

 いつからか自分は音楽を聴くだけの人間ではなくなっていました。高校生の時にバンドを始めて、そして1960年代、70年代(特に60年代)の英国、米国のティーン文化(特に英国)というものに傾倒しすぎた結果、それに近い空気を持った空間で音楽に関わることがスタイルとなりました。入り口は完全に音楽だったのかもしれませんが最終的には音楽だけではない文化を発信するシーンと呼ばれる空間が自分の居場所としました。

 当然なのだがそういった空間に出入りしていれば知人は増えていきます。でもそこではこちらから愛想よく声をかける必要は全くありません。挨拶しないといってうるさく言われるわけでもないはずです。興味があったらお互いに話かければ良いだけなのです。だからお互いに素性も知らないまま付き合っている人間が大半です。特に客としてなら身の上なんてものは一切必要としません。いちいち普段の仕事の話や自分の話を一切しなくても過ごせる空間なのです。それが性に合っていたのでしょう。大人と言われる年齢になってからは更に強くそう思います。だから今でもそこにいるのです。

 ただ誰でも居座れるわけではないと思います。シーンというものは常にその文化自体を魅力的に見せようとはしているはずなのです。魅力的に見せるための自浄性が働きます。だから冴えない人間は淘汰されていきます。冴えないのに居座れる人間はいまどきの言葉で言えば鈍感力の強い人間でしょうね。厚かましい人間と言ってもよいのかもしれません。


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