見出し画像

人を受け入れて褒めると強くなれる

おはようございます、こんにちは、こんばんは。

SyncBody代表の三田です。

少し人の「強み」について考えることがあったので
つらつらと書くことにしました。

「人って思っているよりほんの少し能力が高いんです」

そう思う理由は僕のアスレティックトレーナーとしての経験からです。

僕自身アスレチックトレーナーとしてアメリカで3年勤務して気づいたことがあります。

それは人は受け入れられて
さらに褒められることで
もっと遠くの世界を見ることができるということ

どういうことかというと

まず背景からお話しします、

僕はアメリカの大学で勤務をしてた時期があって
働き方というのが日本でいう大学の体育会にあたるスポーツチームの
専任のアスレティックトレーナーとして働いていました。(スポーツ医療のスタッフです)

最初に担当したのが陸上競技です。
僕が勤めていた大学がアメリカの中でディビジョン1(Division I)という日本で言うところの1部にあたるカテゴリーに入る大学でした。
大学の規模も大きくてスポーツも盛んに行われるし
レベルも高いというのがディビジョン1と言うカテゴリーです。

このディビジョン1の陸上の全米大会ってなってくるとかなりレベルが高いんです。

どのぐらい高いのかっていうと
例えば全米大会の男子の100メートル決勝の選手のタイムを見てみると
年によってバラバラなんですが、
全員基本的に10秒台なんです、10秒8とか。

つまり正直日本最速の人でもこの中に入れない可能性がめちゃくちゃ高いんです。

けどアメリカの場合は学生のレベルでそれだけ高いレベルで競技をしてるんです。

僕はアスレティックトレーナーだったので学生選手とのやりとりがあるのは主に選手の怪我の予防だったり、怪我の対処、リハビリという部分を任されていました。

決勝こそ進めなかったけども、僕の大学にも100メートル10秒9で走る選手がいました。

やっぱり練習中に肉離れをしてしまうことがありました。それも松葉杖がないと足を地面について歩けない位のレベルの怪我です。

その選手がまた10秒台で100メートルを走るなんて想像つかないですよね

なので怪我からまた競技復帰するっていうのは実は想像を絶するほどの苦しいプロセスではあるんです。

どん底から這い上がる

肉離れして松葉杖なしでは歩けないところから

松葉杖なくても歩けるようにリハビリして

軽いジョギングができるようになるまでリハビリして

リハビリのメニューが辛くて諦めそうになっているところに声かけをしてやり切ってもらう

同じメニューに慣れてきたと思ったら
また難易度が上がる。そして諦めそうになる。

その繰り返しで松葉杖無しでは歩けなかった選手が
再び100m10秒台の世界に戻っていくんです。

履き違えちゃいけないのは
選手は自分の力でその世界に戻れたってこと

怪我をして、これまでの自分との違いを感じると人間誰しもが
弱気になって自分のことを過小評価するんです。

場合によっては
「自分なんかもうダメだ」
「そもそもこのレベルで競技すること自体背伸びしていたんだ」
なんて自分自身を受け入れられない子も多く見てきました。

受け止める

だから選手の一番近くにいるアスレティックトレーナーである僕がまず受け止める。

この学校で競技したくてもできない同級生が全米に何百人いるのか
このレベルで競技できるからこそ起きた怪我だということ

感情ではなく事実を伝えます。

そして客観的に彼らの能力を考慮して適した負荷を与え続ける。

本来はやり切るだけの能力があるのですから、
彼らの気持ちを支えることさえできれば
やり切れるし、さらに上のステージに行けるんです。

褒める

あと意識していたのは大袈裟なくらい「褒めました」
いくら競技レベルの高い学生アスリートとはいえ、中身は学生です。

褒めれば褒めるほど、照れ臭そうにしますが喜んでいます。
褒められるって嬉しいじゃないですか。

一度褒められたら嬉しい。
また褒められるように頑張れる。

だから僕は褒め続けました。

・時間通りにリハビリに来て褒める。
・自分のリハビリメニューの書かれたシートを引き出しから出してきたら褒める。
・自分でリハビリの準備ができたら褒める。
・やり切ったら選手が自己ベストを出したんじゃないか?って
レベルで喜ぶ!(もちろん本気で)

もうここまでくると、完全に子供扱いと言われるかもしれませんが、
それでリハビリにやる気になってくれるなら、褒めない方がアホです。

競技復帰までのリハビリメニューを作成して終わり!ではなく
きちんと彼らが競技に復帰できて、初めてアスレティックトレーナーとしての存在意義があると思ってましたから。

これっておそらくスポーツとか身体能力だけじゃなくて

仕事や生活面でも同じようなことが言えるんです

今は僕は個人事業主なので、
仕事に関してはほぼ一人で乗り切るという立場です。

今回のコロナ騒動も含めて
当然しんどい時、全てを投げ出して会社員に戻りたいときもあるわけです。

そんなとき、アスレティックトレーナーだった時のことを思い出すんです。

「同じようにもがいてる選手になんて声をかけるか?」
「諦めさせるのか?適切な負荷を与えるのか?休息を与えるのか?」

それでもちょっとキツイなってときは
周りの人に助けを求めますけどね。

ただ一緒に時間を過ごしたり、笑って会話をしたり、それだけでも意外と自分にかける言葉って見つかったりするんです。

そんなときはいつも以上に思うんです。
「時間を共有してくれてありがとう。昨日より強くなれそう。」って。

タイトルの「人を受け入れて褒めると強くなれる」って
自分が他者に対して、というのもありますが
自分が自分という人に対しても同じなのかなって思います。

自分のことを過不足なく評価できたらいいですよね。
めちゃくちゃ難しいし、できないって今でも思ってますけど。



今朝も目覚ましより早く目が覚めたので
「やっぱり君はすげぇな!世の中には目覚ましかけても起きれない人が何万人いるんだろうか」

って言いながらトイレに行きました。もちろん独り言です。

意外と自分の強みって自覚がなかったりします。

実は一人で涙を流して自問自答していたりします。

それではまた。

生涯修行

三田

この記事が参加している募集

#最近の学び

182,202件

#振り返りnote

86,494件

投げ銭はいつ何時もウェルカムです!!頂いたサポートは事業を進めるに使わせていただきます^^;