過小評価される「GIVER(ギバー)」という存在が、実は組織崩壊を水際で食い止めているという話。
折に触れて、何度も読み返している隠れた名著ある。
「採用」「チーム」「企業文化」そして自分自身の組織人、人としての「成長」...そんなキーワードにぴったりと追走する、どんな企業、組織、チームでも必要な最重要属性を突き詰めていくといつも突き当たるキーワードがある
GIVER(ギバー)
この言葉は、意外と語られる事が多くないのではないかと思っています。むしろより頻繁に目に、耳にするのは反対語の
TAKER(テイカー)
ですね。リスクテイカー、というのはよく聞く言葉(このコンテキストでこの場合はポジティブな側面ではあるが)。
全世界でベストセラーとなった
「GIVE & TAKE(WHY HELPING OTHERS DRIVES OUR SUCCESS」
は日本だといまいちパッとしなかった感が否めないんですが、むしろ日本人こそ国民性的にフィットした納得かつ大変参考にすべき文献として、気がついたら組織に向き合うたびに手にする事が多いことに気がつきました。
ちなみに翻訳版はこちら。
今回は私の過去の実体験や他の一部の参考文献とも照らし合わせながら、本書のエッセンスに触れつつ、文字通り「なぜ"与える人"がいる組織が成功するのか?」という点を深掘りしていきたいと思う。
忘れがたいメンターからのアドバイス
私には、人事や採用、人生においてサンフランシスコに愛してやまないメンターがいる。
彼から授かったアドバイスは数かぎりないのですが、中でも「採用」というトピックスにおいて彼が唯一全採用候補に対してこだわっていたAttribution(属性)は次のようなものでした。
このアドバイスが、いかに優れたチーム作り、健全な組織の拡大において重要だったかは、彼との出会い以後、身を以て知ることとなったんですね。
でも、なぜ「エゴの強い人」を採用してはいけないのだろうか。直感で理解できなくもないが、一方でそれぞれの強いエゴ(自我)が高い目標への強烈なモチベーションになることもあるのではないか。そんな疑問を、1発で吹き飛ばしたのが"コーチ・ビル"の次の一言。
1兆ドルコーチが説くリーダーシップの本質
もう何度読み返しているか分からない、シリコンバレーの英雄「ビル・キャンベル」の教えを回顧的に元グーグル会長・社長エリックシュミットらがまとめた1兆ドルコーチに、ビルの教えとして次の一文が登場します。
なぜ「エゴの強い人」を採用してはいけないのだろうか。これが理屈で理解できる。
ビルがグーグルの創業者、シュミットはじめ、シリコンバレーの猛者たちをコーチングする上でまず求めたのが「コーチャブル」であること。「コーチャブルな人」とは、自分よりも大きなものの一部になれる人のこと、とも。
エゴが強く、どれだけモチベーションや短期的なパフォーマンスが高くとも、所詮は一個人。はるかに大きいチームや組織に永続的に力になってくれる人というのは、謙虚で、自分よりもチームを優先し、献身なプレーでチームを勝利へと導く。
これが冒頭に触れた、GIVERとTAKERの対比に繋がるんですね。これらをより科学的な側面も含めて解き明かし、深掘りしているのが同書の中身となります。
また、この明確な対比の中で同様に重要なエッセンスかつ永遠の対比テーマなのが
・短期と長期
・個人とチーム
という相対する頻出二項の選択、いや、バランシング。
本当に優れた「個」は、この振り子の両端に対して注意深くバランスをとって、最終的な価値を生み出す。それがGIVERの中でも、本当に優れたGIVER。
さて、以上の風呂敷に載せつつ、私が折に触れて振り返る「人事・採用・組織」における「GIVER視点」のポイントだけ備忘録的にまとめる作業に移ります。
GIVERとTAKERの間に広大に広がる「マッチャー」という存在。
何かの事象を深く理解するためには、まずその領域や対象物に対する空間的理解が欠かせない。今回の登場人物、主人公のGIVER(ギバー)に対して、悪役のTAKER(テイカー)、そしてその間にはより多くの「マッチャー」が存在します。世の中の物事は白黒はっきりしているのはやはり希で、中間に広がるのは広大なグレーゾーン。大抵の人は、極端なギバーやテイカーではなく、物事にバランスを取ろうと理性が働くマッチャーということですね。
組織を俯瞰してマネージする人は、まずこんな空間把握がものすごく大切に思えます。そして、通常マッチャーな人が、時と場合によってはテイカーになったり、ギバーにもなったりするということです。
TAKERは妬まれ、GIVERは応援される
両者のコントラストを分かりやすく表現するのが「周囲の人が受ける感情」です。常にTAKEばかりする人は、短期的に勝つことが多いんですね。でも、残念ながらそんなTAKERが勝つと誰かが負ける。つまりTAKERはゼロサムゲームで戦っています。
故に、TAKERの勝利におまけとして必ずついてくるのが「人の妬み」。一方でGIVERの勝利には時間がかかるかもしれない。ゼロサムゲームで挑まれる試合に、彼らは勝利を譲るから。なぜなら、GIVERの戦う土俵は、ゼロサムゲームではなく、ウィンウィンゲームだからなんですね。そのルールにおいては、妬みを食らうようなゼロサムの勝利は、勝利ではない。
故に、GIVERの勝利に周囲からの声援と、声援による成功の増幅が生まれる。下手なんですが、ウサギとカメの物語がまさにこれに当たるわけですね。
ここであらためて重要な対比をまとめると
・100メートル走とマラソン
・ゼロサムゲームとウィンウィンゲーム
どちらで勝ちたいのか。戦うレース、ゲームによって必要な属性が変わってくるという話です。そして、大切なのは基本的にビジネスとはマラソンであり(長期戦)であり、ウィンウィンゲームであるという事です。
天才か、天才を育てる逸材か。
組織をみていると、類希なる「天才」の扱いに大変困る事がありますね。つまり、天才は天才であるが故に1発のアウトプットの威力が凄まじい。チームの勝利を、圧倒的な個人技で決めてしまう事が多々あります。
もどかしいのが、それが「チームで掴んだ勝利でない」「極めて属人性が高い」「再現性に乏しい」ということです。当然、ここに100メートル走とマラソンのメタファーが当てはまります。
TAKERは天才になる傾向があるそうで、自分の利益を大きくするために他の人から「知力、エネルギー、能力を奪う」。それに対して、GIVERは天才を育てる傾向がある。彼らは自分の知力を使って他の人の能力を増幅し、ひらめきを引き起こし、アイディアを生み出し、問題を解決する。そして、温かいエネルギーによって沈みかけた船すら海面へ押し戻す。
組織や個々のチームを「総エネルギー」という視座で注意深く見ていれば、そのエネルギーの増減に配役であるTAKER、GIVERが絶妙に関わっていることに気づきます。採用、組織マネジメントを定量的で一意に定義できるスペックだけで見ていると、この感情的エネルギー観点でのチームバランシングという舵取りはできないんですね。組織のスペックマネジメントは簡単に学習することができますが、組織のエネルギーマネジメントは、自分の心をしっかり育て、常に健全な状態にしておく必要があると思っています。
天才のTAKERか、天才を育てるGIVERか。これもどちらかではなく、バランスの問題です。
GIVERによる信頼残高
組織ごと、個々の相互作用においては「クレジット」「信頼残高」という話をよくします。当たり前の話ですが、人と人がある程度大きな問題にタックルするわけですから、それぞれの信頼関係が大事です。
こんな小学生に説くような基本的な事が、意外とチームや組織でできていない、ビジネスパーソンとしてのマインドセットとして行われていないケースがありますね。
感覚的に理解できる「信頼」の重要性は、TAKERとGIVERという二項視座でより腹に落ちてきます。
同じ発言でも「誰が言うか」によってチーム、組織に対するインパクトが異なるのはなぜでしょう?
それは結局、その人がどれだけ「信頼残高」を周囲の人に積み上げているか、それでしかないんですね。当然その「信頼」の積み上げ方には様々な方法論を語る事ができますが、「人の属性」で網羅するとひとつ大きなシェアを占めるのがGIVERということになります。
もう一つ重要なポイントは、GIVERが発言する内容は、どれだけ挑戦的であっても「その人が心からそうしたいと願っていること」と映るからなんですね。TAKERによるやましさ、周囲からの疑いの目という成分は極めて少量なんです。
これらも、エネルギーの話と同様、人様の「心」をしっかり除けば、ごくごく当たり前に起こる話。それらをひっくるめて、
"「感情の動物園である組織」をいかに「継続的に成果の出せるチーム」へ育んでいくか "
それこそが、今我々に問われています。
GIVERが組織ピラミッドに必要なクリティカルな理由
我々が所属する大小ある組織において、例外はあれど相似形を成しているのはピラミッド構造です。
トップマネジメント、マネージャ、リーダー、スタッフ...呼び方は様々ですが、一人のマネージャが複数の一つ下のレイヤーのメンバーを観るというバランスが常で、この小さな三角形が相似形として拡大した先に最終的に大きな組織ピラミッドがあります。
この組織ピラミッドを感情の動物園として眺めた際に重要なのが「上下の情報量格差による感情のすれ違い」なんですね。この切ないすれ違いは、本当に多くの組織で当たり前のように起こっています。いや、ピラミッドの組織構造上それは仕方ないんですね。
「責任バイアス」とも呼ばれるこの現象は、通常人は他の人の貢献より自分の貢献に関する情報量が圧倒的に多いんです。そうすると、人は悪気が無くても自分の貢献を過大評価し、他人の貢献を過小評価する。だって自分に対する情報量が圧倒的に多いんですから、まぁ仕方ないですよね。
ただこの状態を放っておくとどうなるか、容易に想像できると思います。故にメンバーをマネージする上司、マネージャーの役割というのは想像を絶するぐらい大切なわけですが、そんな情報格差による人間・感情的なすれ違いを全てのマネージャが適切に対処できるわけでは、残念ながらありません。
組織が組織として、健全なピラミッドを保ち続けるためには、上下の感情的マネジメントだけでなく、横や斜めによる感情のサポートが必要なんですね。そんなサポート役を担ってくれるのがGIVERという存在です。
これが今回の話で一番大切な部分なのでもう一度言います。
「健全な組織、極端な話いわゆる "組織崩壊" を防ぐためには、
上下の感情的マネジメントだけでなく、横や斜めによる感情のサポートが必要です」
彼らは自分自身がやっとことを評価する前に、相手がしてくれた事、他人の振る舞いを評価し、時に無邪気に賞賛をおくります。そうやって組織の誰もがリスクを負ってチャレンジした際に受け止めてくれる受け皿となってくれる、むしろリスクを背負う前に背中を温かく押してくれる。
今時のワードでいえば「心理的安全性」そのものですが、そんな空間を絶妙なバランスで構築するのがGIVERという存在です。そのGIVERによる絶妙な感情的バランシングを理解ぜずに、構造物である組織の大事な柱を失ってしまった結果、みるみるうちに組織が崩壊へと向かう倒壊事故が、原因不明のまま事後処理されているのが、実はこういった視座から観る「組織」という生き物なんですね。
「やる気」を育む、GIVERという存在
組織を「感情の動物園」という視座でみるのであれば、その動物園を前進させるエネルギーは「やる気」以外の何者でもない。
"やる気マネジメント"
と文字面にすると稚拙なんですが、組織を成果の出し続けるチームへと変貌させ、そのチームを前進させ続けるには、どうしたって「やる気」をテコにしたドライバーが必要です。優秀な人を採用し続けるお金はいつかは底をつきますが、「やる気」はやり方を間違えなければいくらでも泉のように湧いてきます。
この「やりようによっては」ではなく「やり方を間違えなければ」というのがポイントで、実はそんなに難しいことでは無く「負の感情の地雷を踏む」というヘマをしなければ、一定クオリティのやる気マネジメントはできてしまうんですね。そんな時に頼りたいのが、GIVERの行動原理であり、彼ら自身の「やる気」への貢献なんです。
様々な科学的実験、調査が「やる気 > 才能」の重要性を説いており、本書でもいくつか触れられています。つまり、卵鶏的な順番の話で「人が才能を伸ばす気かっけになるのは、やる気である」ということなんですね。
天才が天才たる所以は、ある特定ものごとを繰り返し、何年もの間努力し続けた結果の産物と見た場合、それを人的側面、感情的側面から支援し続けるのがGIVER。GIVERは優秀なコーチであり、関わる人に「自分が特別である」「自分が取り組み続けていることに間違いはない」という自信を与える。その根底で枯渇の脅威から逃れ、脈々と育まれ続けるのが「やる気」という極めて人間的なエネルギーです。
人やチームのパフォーマンスを極力シンプルに公式化すると
パフォーマンス = 能力 × やる気
です。物理学で言うなら、アインシュタインの相対性理論と同じぐらい究極的にシンプルで超絶重要なのがこの公式なんですが、組織を診る人が意外とこんな基本を理解していないことが多いんですね。
この公式のポイントは「掛け算」であること。そして変数である「能力」は簡単に倍にできたりはできないですし、一方で簡単に半減することはありません。逆にやる気は、簡単に倍になり、簡単にゼロになります。このレバレッジの差、安定性の差が、そのまま「やる気マネジメント」の重要性を物語っているんですね。
GIVERを可視化し、ケアすることの重要性
恐らく、どんな組織にも (少なくとも相対的な)GIVERが存在する。
彼らは献身的なプレーでチームの勝利に貢献する。
具体的には、彼らはチームメンバーのやる気に火を付ける。それは注目という魔法であったり、具体的で無償のアドバイスだったりする。彼らは負の感情を払拭するだけの実利の価値や、感情的価値を広大な人的ネットワークに吹き込む。彼らのプレースタイルは、短期的なゼロサムゲームでの勝利より、中長期でのウィンウィンゲームでの勝利を掴む。
だだし、その誰かの感情的エネルギーに枯渇の危機があるように、GIVERの感情的エネルギーも無限に貯蔵されているわけではない。GIVERにもグラデーションが存在し、冒頭に説明した中間のマッチャーに近いGIVERもいれば、完全無血のGIVERもいるかもしれない。
程度の差はあれ、彼らの感情的サポートこそ、組織の感情的エネルギーマネジメントの源泉となる。
GIVERをGIVERとして理解し、いかに彼らが企業組織という、建て増しの危うい建築物のバランシングに貢献しているかを腹の底から受け止めることから「健全な組織・チームを創る」という物語が出発すると言っても過言ではないのかもしれない。
全組織に問う、役職、職種以外の視座
以上から、次のような問いがいかに健全で勝ち続けるチームを作る上において重要かを痛感するのではないでしょうか。
・チームマネージャがGIVERであるか?
・そのチームにGIVERはいるのか?
・その組織の中に、どれだけGIVERがいるのか?
・あの時の組織成功と失敗に、実はGIVERという属性が深く関わっていなかっただろうか?
私自身も、本能的にGIVERな側面と、これらの経験を通じて得られた後天的GIVER属性のハイブリッドとして、もっとこの視座を世の組織に広げていきたいとあらためて思う。
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