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ミクロの世界の住人、マイクロバイオームの世界へようこそ

「私」とはなんだろう?
「私」は誰だろう?
どこからどこまでが「私」なのだろう?

そんな答えのない問いを自分自身に投げかけたことはないだろうか?
「私」という意識を持った肉体は確かにここにあるように思えるけれど、それはどのように定義されているのだろうか。その定義があいまいなものだとしたら、私はそれでも「私」として存在していられるのだろうか。

このような問いを扱うのは、何も哲学者だけではない。
生物学者の多くが「生命とは何か」を研究の目的にしているし、同じような問いは芸術の世界にも見られる。


われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか
これは、19世紀のフランス画家ポール・ゴーギャンが晩年に暮らした南国タヒチにて描いた、彼のもっとも有名な作品とも言える絵画の題名である。

西洋では宗教的な背景もあって、古くから「個としての私」という考え方が発達してきたし、近年では文化の西洋化から日本でも「私」や「自分」を周りの人や環境から切り離して考えることが増えてきた。
それはある意味でとても孤独で、同時に自由であるとも感じられるかもしれない。

私は細胞の寄せ集め?
生まれる前や死んだあとはどこにいるの?
細胞が入れ替わっても、私の意識が続いているように感じるのはどうして?

そんな「私」トークに、ぜひとも加えてもらいたい仲間がいる。それがマイクロバイオータ(微生物)たちの存在だ。

・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
・用語解説はこちら(随時更新)
・全記事マップはこちら(随時更新)

私の友人でもあり、私の一部でもあるマイクロバイオータたち

ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』を読んだことのある人なら、アリスのように体が大きくなったり小さくなったりしたら楽しいだろうな、と想像して楽しんだかもしれない。

ではここで、あなたの体が100万分の1になったと仮定しよう。100万分の1というのは1000分の1が2回である。つまり、身長が160cmなら1.6μm(マイクロメートル)ということになる。
これは、微生物の中でも細菌と同じくらいの大きさだ。

さっきまで隣で一緒に話をしていたあなたの夫は、もはやひとつの生命体とは認識できないくらい巨大な存在になる。
彼の30兆ほどある細胞のうちの一つでさえ、あなたの10倍の大きさがあるのだ。彼の方も、あなたを愛する妻だとは認識できなくなる。
気をつけていないと、シュッと一吹き「殺菌」されてしまうかもしれない。

そしてあなたは突然見つけることになる。そこらじゅうに文字通り無数にいる、あなたと同じくらいのサイズの微生物たちを。

あなたの夫は、何十兆もの微生物たちに体の中も外も覆い尽くされている。そしてあなたはまた、その微生物たちがどれほど夫の健康に寄与しているのかも目の当たりにするだろう。

今まで汚い存在だと思いこんでいた彼らに申し訳なさを感じながら、あなたは100万分の1の世界を旅することになる。

これからこのnoteを通して話すのは、あなたがこれまで見たり触ったりしてきた世界とはまったく別の世界だ。
そこでは、今までの人生で培った常識は役に立たない。懐中電灯もカロリーメイトも虫除けスプレーも不要だ。

歩き始めたばかりの赤ん坊のようにまっさらな好奇心だけを携えて、さあ出発しよう。

Who is マイクロバイオータ? 微生物研究は「何」を見ているのか

微生物研究の分野は、培養の時代から一気にゲノム解析の時代に突入した。
その結果、私たちの知っていた微生物の種類は、全体の1%にも遠く及ばないことがわかった。

さらに、ミクロの世界にただようさまざまなDNAの断片や、微生物たちの出す代謝産物を調べる研究分野も急成長を遂げ、微生物学で扱う対象も増えた。
マイクロバイオータ、マイクロバイオームなどの言葉も出てきたが、厳密な定義が曖昧なことも多い。

微生物たちの世界に正式に足を踏み入れる前に、呼び名(定義)の話をしておこう。

マイクロバイオータ(微生物)…真正細菌、古細菌、真菌、藻類、一部の原生生物(ウイルスを含むかどうかは意見が分かれる)

マイクロバイオーム…マイクロバイオータに加えて彼らの遺伝子や産生する物質や彼らの体の断片、ウイルスなどを加えた全体

細菌…生物を3つの分類にわけた「真正細菌」のこと。これらの集まりを「腸内細菌叢」「腸内フローラ」と呼ぶことがある。

この他の用語については用語解説を参照のこと。

微生物を扱う学問分野は医療や食品産業、環境など多岐に渡るため、コンセンサスが取りにくい。マイクロバイオームの主な構成生物が細菌であることから(1)、便宜上マイクロバイオーム=細菌としている論文も少なくない。

ここでは、2020年の論文(2)を参考に「マイクロバイオータ(微生物たち)」、「マイクロバイオーム(微生物たちとその活動の場)」、「細菌」の3つの言葉に関しては明確に使い分けることとし、マイクロバイオータの主なメンバーである細菌たちの働きを中心に紹介していくことにする。

↓より厳密な定義はこちら。

  1. Qin J, Li R, Raes J, et al. A human gut microbial gene catalog established by metagenomic sequencing. Nature. 2010;464(7285):59-65. doi:10.1038/nature08821

  2. Berg G, Rybakova D, Fischer D, et al. Microbiome definition re-visited: old concepts and new challenges. Microbiome. 2020;8(1):103. doi:10.1186/s40168-020-00875-0

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