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ヒトにはヒトの、日本人には日本人ならではの腸内細菌がいる

前回の記事で、腸内細菌の構成をタイプごとに分けようとする「エンテロタイプ」という概念を紹介した。
そこで、異なる国どうしの腸内細菌の構成は、同じ国に住む人どうしの腸内細菌よりも、大きく異なっているようだという研究結果を紹介した。

だとしたら、私たちはぜひとも日本人の腸内細菌の特徴を知っておく必要がある。
国によって腸内細菌のあり方が違うのであれば、別の国で行われた研究結果をそのまま日本人に当てはめることができない場合もあるからだ。

腸内細菌のみならず、栄養学やその他あらゆる医療・生物学の分野で、意外とこの視点が抜けている場合が多い。
欧米や中国は研究活動に莫大な投資がされており、自然とそれらの国の研究結果が目につく機会が多いのだけれど、日本人としての自分の体に当てはまるかどうかは注意が必要だ。

「ヒトにはヒトの乳酸菌」という乳製品のコマーシャルがあったが、「日本人には日本人の腸内細菌」なのだ。(これで年齢がバレてしまったかもしれない)
海外の研究にも目を向けつつ、今日は日本人がどんな腸内細菌を持っているのかを調査した研究結果を3つ紹介する。

※本記事は「健康な腸内細菌(とマイクロバイオーム)について最新の知見まとめ」の続き記事です。
最初から順番に読んでいくと、健康な腸内細菌とはどういったものか、より理解が深まります。


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
・用語解説はこちら(随時更新)
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研究1:13名の日本人の腸内細菌を解析

まず1つめは、エンテロタイプの研究でも参照された、ごく初期のマイクロバイオーム研究(1)だ。

2007年当時、東京大学大学院の新領域創成科学研究科に所属していた服部正平氏らが発表したこの研究は、日本で最初に便のマイクロバイオームをメタゲノム解析した研究だ。

これは、前年に発表されたアメリカ人2名を対象とした世界で最初の便マイクロバイオーム研究に次いで、2番目の成果だった。
比較する対象データがほとんどないので、この研究論文では「日本人ならでは」というよりも、より大きなヒト全体での腸内細菌のありさまを検討している。

彼らは離乳前の乳児を含む13名の日本人の便をゲノム解析し、遺伝子からタンパク質の働きを予測するCOGs(Cluster of Orthologous Groups of proteins)というデータベースと照らし合わせた。

【この研究で明らかになったこと】

  • 13名それぞれの腸内細菌叢は、家族や親子間での有意な類似性は見られず、個人独自の組成が形成されていた。

  • 乳児は個人差がより大きく菌種が少なく、大人と幼児は種数は多く複雑だが類似性が見られた。

  • ヒトと腸内細菌とのあいだに、食べものからのエネルギー獲得など生命を維持する上での機能の分業が見られた。つまり、ヒトと腸内細菌は一体として生命を形作っているといえる。

  • これまでにさまざまな環境から100門近くの細菌種が同定されているが、腸内細菌叢はこのうちのわずか9門の真正細菌と1門の古細菌だけに限られている。これは、腸内細菌叢が強い選択圧の下に形成されてきたことを示唆する。

この研究に関しては、JT生命誌研究館のウェブサイトに簡単な和訳まとめが掲載されている。
RESEARCH 全体として生きる腸内細菌をはたらきで計測する | JT生命誌研究館

研究2:106名の日本人の腸内細菌を他の11ヶ国と比較

続いては、同じく服部氏らにより2016年に発表された論文(2)を紹介する。

この研究では、日本人106名の便サンプルをメタゲノム解析し、諸外国11ヶ国の先行研究と比較している。肥満や疾患持ちの人、乳児を除外した861名(うち日本人104名)のデータを分析した結果、いくつかのことがわかった。

【この研究で明らかになったこと】

  • 同じ国の人どうしのほうが、違う国の人どうしよりも腸内細菌の組成が似ている。

  • 12ヶ国の国どうしの類似性を比較すると、(日本・オーストリア・フランス・スウェーデン)、(アメリカ・中国・デンマーク・スペイン・ロシア)、(マラウイ・ベネズエラ・ペルー)の3つのグループに大きくわかれた。前回の記事でエンテロタイプについて解説したが、今回の研究ではビフィズス菌、ブラウティア、バクテロイデス、プレボテラの組成比に特徴を見出している。

  • 日本人に有意に多い菌や少ない菌がいる。

  • 日本人の腸内細菌叢は、炭水化物の代謝などの機能が優勢だった。これは、短鎖脂肪酸や水素の存在比が高いことを示し、宿主に有益であると考えられる。

  • 一方、細胞運動性や複製・修復機能が少ないことがわかった。これは腸内環境において炎症が少ないことを示し、日本人の腸内環境が諸外国よりも健全であることを示す。

他にも、海苔やワカメを分解する酵素遺伝子も確認され、日本人に特異な腸内細菌の特徴が明らかになった。

※ちなみに、海藻を分解する細菌が日本人だけに存在することは有名だが、それはそういう「種」がいるのではなく、そういう「遺伝子」を獲得した細菌がいるという話である。つまり、同じ種の細菌は欧米人にもいるが、海藻を分解する遺伝子を持っていないのだ。

(8割方読んだところで、極めて詳細な和文まとめが以下のページにあるのを発見した。つらい。
健康な日本人の腸内細菌叢の特徴解明、約500万の遺伝子を発見 平均寿命の高さや低肥満率等との関連も示唆 – 早稲田大学

研究3:1596名の健康な日本人の腸内細菌とその共変数

続いて、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN、ニビオン)と森永乳業株式会社が2021年に共同で発表した論文(3)を紹介したい。
ニビオン954名、森永642名の全部で1596名の健康な日本人が参加した大規模なコホート研究だ。

参加者は多項目にわたる問診に答えており、体重などの測定可能な数値、既往歴、排便状態、食生活などの基本的なデータが揃っていた。
本研究は、これらのデータのうち腸内細菌と関連の深い共変数を統合的に導き出した初めての研究である。

なお、バッチ効果(※)を考慮し、双方の解析結果は統合せずに別々に議論されている。

※バッチ効果…主に分子生物学の分野において、データの扱い方等の非生物学的な技術的差異から生じる結果への影響。ビッグデータを扱う研究では特に考慮が必要。

【この研究で明らかになったこと】

  • 両方のコホートについてエンテロタイプに分けてみたところ、それぞれ3タイプに分けることができた。
     ニビオン…バクテロイデス型、プレボテラ型、フィーカリバクテリウム型
     森永…バクテロイデス型、プレボテラ型、ビフィドバクテリウム型

  • これらの結果は、エンテロタイプにはバクテロイデス型、プレボテラ型が存在し、第3のエンテロタイプは様々であるという他の研究結果にも一致する。

  • 多様性については、どの多様性指数を採用するかによってニビオン、森永それぞれに軍配が上がった。

  • 日本人に多く存在する13の菌が明らかに。(属=genesレベル)

  • 腸内細菌と関わりの深い変数が18見つかったが、そのうち「BSS(ブリストルスケール)」「性別」「年齢」「排便頻度」の4つがダブりのない共変数として導かれた。

本論文では最後に長めのDiscussionセクションが設けられている。

そこで過去の日本人を対象とした研究や、海外のコホート研究との詳細な比較検討がされており、それらと今回の結果を併せて検討することが重要である。本研究での限界や将来への期待も綴られている。

つまり、今回の結果は「日本人特有の腸内細菌のパターンと、それに関連する変数」を初めて総合的に検討した重要な研究ではあるが、これだけで日本人の腸内細菌を丸裸にできたわけではないということだ。

他にも日本人を対象とした研究はいくつかある(4-6)。興味のある人はこれらも併せて読んでいただきたい。

ありがたいことに、ニビオンはこれまで蓄積した腸内細菌叢のデータベースを公開している。
NIBIOHN JMD (Japan Microbiome Database)|腸内細菌叢データベースで新たな健康社会を実現

今後、他の研究機関のデータも集まってくると予想される。
日本にも、米国のHMPのように誰でもアクセスできるマイクロバイオームのデータベースができたことは手放しで喜んでいいだろう。

一方で、分析手法の統一など、ビッグデータとしてより有益に扱えるようにするためのコンセンサスも形成されていくと予想される。

種の同定? 機能の解析?

これまで多くの研究が焦点を当ててきたのは「ヒトの腸には誰がいるか」という問いだった。
次世代シーケンサーが登場し、安価で迅速に種の同定ができるようになってから、同定ゲームと呼ばれるような新種の発見が相次いだ。

彼らは独自に別個の機能を果たしているのか?
健康な腸内細菌叢に多い種類はいるのか?
理想的な割合はあるのか?

残念ながら、次世代シーケンサーの種の同定率はさほど高くない。その精度は50%ほどだとする報告もある。そしてやっかいなことに、細菌たちは同じ種でもそのさらに下級の「株」が違えば機能も違っているのだ。
そしてもちろん、種を同定できたところで、個々のマイクロバイオーム構成比率は違っている。

では、菌の種類ではなくその「機能」で見るのはどうだろう?
菌の種類を知るための遺伝子領域だけでなく、すべてのゲノムを読むことで、その代謝機能などを明らかにしようとする試みも始まっている。
メタトランスクリプトーム、メタプロテオーム、メタボロームにまで範囲を広げたいわゆるomics解析だ。

現時点では、健康な腸内細菌を定義する試みは途方もないことのように思える。
けれどomics解析によるデータもどんどん蓄積していくだろうし、機能の割り当ての精度も向上していくだろう。
観察した結果を少しずつ積み上げて行きながら、時には修正も加え、徐々に解像度を上げていくことができるのが生物学の強みでもある。

さらに、菌たちの多様性や生態系としてのレジリエンス、安定性など生態学的な指標も併せて考慮することで、いつか「健康な腸内細菌」が私たちの前に姿を現してくれるかもしれない。

1. Kurokawa K, Itoh T, Kuwahara T, et al. Comparative Metagenomics Revealed Commonly Enriched Gene Sets in Human Gut Microbiomes. DNA Res Int J Rapid Publ Rep Genes Genomes. 2007;14(4):169-181. doi:10.1093/dnares/dsm018
2. Nishijima S, Suda W, Oshima K, et al. The gut microbiome of healthy Japanese and its microbial and functional uniqueness. DNA Res Int J Rapid Publ Rep Genes Genomes. 2016;23(2):125-133. doi:10.1093/dnares/dsw002
3. Park J, Kato K, Murakami H, et al. Comprehensive analysis of gut microbiota of a healthy population and covariates affecting microbial variation in two large Japanese cohorts. BMC Microbiol. 2021;21(1):151. doi:10.1186/s12866-021-02215-0
4. Takagi T, Naito Y, Inoue R, et al. Differences in gut microbiota associated with age, sex, and stool consistency in healthy Japanese subjects. J Gastroenterol. 2019;54(1):53-63. doi:10.1007/s00535-018-1488-5
5. Oki K, Toyama M, Banno T, Chonan O, Benno Y, Watanabe K. Comprehensive analysis of the fecal microbiota of healthy Japanese adults reveals a new bacterial lineage associated with a phenotype characterized by a high frequency of bowel movements and a lean body type. BMC Microbiol. 2016;16(1):284. doi:10.1186/s12866-016-0898-x
6. Odamaki T, Kato K, Sugahara H, et al. Age-related changes in gut microbiota composition from newborn to centenarian: a cross-sectional study. BMC Microbiol. 2016;16:90. doi:10.1186/s12866-016-0708-5

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