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スーパードナーを探して 〜金のうんこは見つかるのか?〜

こんなタイトルだけれど、今日も極めて真面目な話題である。

現在のところ、FMTのドナー選定というのは基本的に安全性にのみ重きを置いている。
言い換えると、ドナーの腸内マイクロバイオームがどのような構成であるかはあまり重視されてこなかった。

これにはいろいろと理由がある(1)。

  1. FMTが唯一通常医療として適応されているrCDIという疾患では、ドナーの腸内マイクロバイオームの構成にかかわらず効いていたから、調べる必要がなかった。

  2. FMTが医療の現場で普及した当初、腸内細菌にのみ絞ったとしても、その構成を明らかにするシーケンス技術はまだ高価だった。

  3. ドナー選定はただでさえ検査基準が厳しいので、余分な基準を追加することには課題があった。

しかし近年になって、研究レベルでは安全性の先の問題である「より治療効果の高いドナー選定」という視点も出始めている。
いずれも、基本的には微生物の中でも腸内細菌に的を絞っている。

果たして、スーパードナーはいるのだろうか?
いるとしたら、どのような特徴を持っているのだろう?


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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ドナーの腸内細菌の多様性

腸内細菌の多様性は、その人の健康度合いと関連している場合が多い。
とすると、ドナーの腸内細菌も多様性が高いほうがいいのだろうか?

潰瘍性大腸炎(UC)やクローン病(CD)などの炎症性腸疾患(IBD)患者を対象にした比較的小規模な非ランダム化試験(2,3)では、ドナーの腸内細菌の種類が豊富かどうかが、治療効果に影響していることを示している。

別のランダム化比較試験(4)では、あるドナーでは潰瘍性大腸炎の治癒率が100%なのに、別のドナーでは36%だったという経験をした。
そこで、それぞれのドナーのマイクロバイオームを比較したところ、種レベルのばらつきの少なさや、長期的なマイクロバイオームの安定性が「良いドナー」である可能性が見えてきた。
これらの特徴があると、ドナー由来の微生物たちはレシピエントの腸内で居場所を見つけ、安定して増殖していけるのだと考えられる。

こういった視点で25の研究を包括的にまとめたレビュー(5)では、ドナーのマイクロバイオームの「α多様性」という指標が治療のカギを握っていると推測している。

しかし話はそう簡単には終わらず、別の試験(6)では、多様性の影響は影響なしという結果になった。
潰瘍性大腸炎を対象としたこの研究では、同じドナーの便を複数回分混ぜて多様性を上げたあとに移植を行っている。

ドナー由来の菌株の生着を細かく検証した論文(7)では、たしかに多様性の高いドナー由来の微生物はレシピエントの腸内に「生着しやすい」のだが、それが単純に治療効果に結びつくわけではないという興味深い可能性を示している。

ドナーとレシピエントの類似性

そうこうしているうちに、多様性とは別の指標が浮かび上がってきた。
それが「ドナーとレシピエントのマイクロバイオームの類似性」だ。

レシピエントは腸内マイクロバイオームの生態系バランスが崩れていて、それが崩れていないドナーから生態系を丸ごと受け取って治そうというのがFMTなので、この事実は少し不思議に思えるかもしれない。

けれどこの事実は、ほぼ同時期にカナダ(8)とオランダ(9)から出された論文で示されている。どちらも潰瘍性大腸炎の患者を対象としたランダム化比較試験で、それなりに信頼性はある。

この事実からどんな仮説が立てられるだろう?
生態学的に見れば、生態系は急な変化を好まないから、自分にある程度似通った腸内マイクロバイオームの構成を持つドナーの微生物を受け入れやすかったということだろうか?

それとも、単純にドナーに似ていた患者たちは、疾患はあるものの腸内マイクロバイオームの崩れ方がまだマシだったから、治るのも早かったということだろうか?

健康な人の腸内マイクロバイオームには非常に個人差があることを考えると、前者の仮説が妥当なように思える。

付け加えておくと、家族をドナーにした場合は、患者と腸内細菌の構成が似通っているにもかかわらず、生着の度合いは低かったという研究もある。

ドナーにいるといい菌、そうでない菌

もう少し視点をズームインして、特定の細菌の存在が治療に効果を示す可能性も示され始めている(1)。

潰瘍性大腸炎

潰瘍性大腸炎では、寛解を導く細菌としてドナーのLachnospiraceae, Ruminococci, Akkermansia muciniphila, Bacteroidesなどの名前が上がっている一方で、ドナーの便にStreptcocciがいると治療の邪魔をする場合もあるようだ。

IBS

過敏性腸症候群(IBS)に対する研究では、ドナーのBifidobacteriaが好意的に受け止められている。

特に注目すべき研究として、いわゆる「スーパードナー」を選んでFMTをすると、治癒率が90%になったというもの(10)がある。この疾患では史上最高の数値だ。
この研究では、ドナー選定の基準に「若くて」「健康で」「痩せ型で」「経腟分娩で生まれ」「母乳で育ち」などのさまざまな項目を設け、便にDorea, Lactobacillus, Ruminococcaceaeなどが含まれるドナーを選んでいる。

国籍などのレシピエントの属性、疾患の限定など限られた文脈ではあるが、安全性から一歩踏み出したドナー選定に一役買いそうだ。

同様の研究は高血糖患者やメラノーマ患者でも行われており、疾患ごとにFMTがよく効くドナーの特徴があぶり出されてくれば、幅広い疾患に有効性を示すドナーの特徴もわかってくるだろう。

ウイルスや真菌

細菌だけではなく、ドナーのウイルスや真菌と治療効果の関係についてもいくつか研究が出ている。

例えば、ドナーにカンジダ菌がいるとクロストリジオイデス・ディフィシル感染症(CDI)へのFMT治療効果が下がる可能性が知られているし、ドナー由来のカウドウイルスが患者腸内でたくさんコロニーを作るとCDIの治癒率が上がるなどだ。

これまでの腸内マイクロバイオーム研究は細菌が主流だったが、これからはウイルスや真菌など、他の微生物を対象とした研究もどんどん出てくると思われる。

まとめ

FMTでは、ドナー由来の微生物が患者の腸に「生着」し、その後も長く生態系を支えていくことが治療のカギを握る。
その「生着率」とでも言うべきものを最大化するためには、マイクロバイオームのデータをとにかくたくさん集め、特徴を明らかにしていくことが必要だ。

ドナーのマイクロバイオームの多様性といった共通項はあるだろうけれど、おそらくは完全無欠の「スーパードナー」を探すのはかえって遠回りになる可能性もある。

それよりは、疾患の種類やレシピエントの状態に応じて、テイラーメイド式にドナーを選んでいけるほうが理想的だ。

複雑なドナーの腸内マイクロバイオーム、そしてレシピエントのそれとの相性などを考えるには、機械学習などのモデル構築が必須になるだろう。

機械が提案する完璧なドナーの便をいつでも在庫しておくのは至難の業だろうけれど、この分野の奥深さを垣間見た気がする。

※FMTに関する記事へのリンクをまとめた記事はこちら


1. Porcari S, Benech N, Valles-Colomer M, et al. Key determinants of success in fecal microbiota transplantation: From microbiome to clinic. Cell Host Microbe. 2023;31(5):712-733. doi:10.1016/j.chom.2023.03.020
2. Vermeire S, Joossens M, Verbeke K, et al. Donor Species Richness Determines Faecal Microbiota Transplantation Success in Inflammatory Bowel Disease. J Crohns Colitis. 2016;10(4):387-394. doi:10.1093/ecco-jcc/jjv203
3. Kump P, Wurm P, Gröchenig HP, et al. The taxonomic composition of the donor intestinal microbiota is a major factor influencing the efficacy of faecal microbiota transplantation in therapy refractory ulcerative colitis. Aliment Pharmacol Ther. 2018;47(1):67-77. doi:10.1111/apt.14387
4. Haifer C, Luu LDW, Paramsothy S, Borody TJ, Leong RW, Kaakoush NO. Microbial determinants of effective donors in faecal microbiota transplantation for UC. Gut. 2023;72(1):90-100. doi:10.1136/gutjnl-2022-327742
5. Rees NP, Shaheen W, Quince C, et al. Systematic review of donor and recipient predictive biomarkers of response to faecal microbiota transplantation in patients with ulcerative colitis. eBioMedicine. 2022;81. doi:10.1016/j.ebiom.2022.104088
6. Costello SP, Hughes PA, Waters O, et al. Effect of Fecal Microbiota Transplantation on 8-Week Remission in Patients With Ulcerative Colitis: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2019;321(2):156-164. doi:10.1001/jama.2018.20046
7. Podlesny D, Durdevic M, Paramsothy S, et al. Identification of clinical and ecological determinants of strain engraftment after fecal microbiota transplantation using metagenomics. Cell Rep Med. 2022;3(8). doi:10.1016/j.xcrm.2022.100711
8. Moayyedi P, Surette MG, Kim PT, et al. Fecal Microbiota Transplantation Induces Remission in Patients With Active Ulcerative Colitis in a Randomized Controlled Trial. Gastroenterology. 2015;149(1):102-109.e6. doi:10.1053/j.gastro.2015.04.001
9. Rossen NG, Fuentes S, Spek MJ van der, et al. Findings From a Randomized Controlled Trial of Fecal Transplantation for Patients With Ulcerative Colitis. Gastroenterology. 2015;149(1):110-118.e4. doi:10.1053/j.gastro.2015.03.045
10. El-Salhy M, Hatlebakk JG, Gilja OH, Kristoffersen AB, Hausken T. Efficacy of faecal microbiota transplantation for patients with irritable bowel syndrome in a randomised, double-blind, placebo-controlled study. Gut. 2020;69(5):859-867. doi:10.1136/gutjnl-2019-319630


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