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FMTの国内外の現状をまとめてみた。(糞便微生物移植、腸内フローラ移植)

この記事では、近年新しい治療法として注目されているFMT(Fecal Microbiota Transplantation, 糞便微生物移植)について、さまざまな角度から紹介した記事をまとめている。

国内外の規制、有害事象、ドナーのこと、便バンクの現場などを網羅的に紹介する。

各疾患ごとのFMTについては触れていないので、知りたい疾患があればリクエストください。


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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私たちの体に棲むマイクロバイオーム

私たちの身体は、私たちの細胞でできている。
細胞同士は互いにくっつき、信号を送り合い、代謝によって細胞死と増殖を繰り返しながら「わたし」という身体をつくり、その健康を守り、個体としての一生を支えてくれている。

近年になって、「わたし」の身体をつくったり健康を守るのは、私たち自身の細胞だけではないことがわかってきた。
無数のマイクロバイオーム(微生物)たちが私たちの身体の至るところに棲み着き、もはや私たち自身の細胞やそのはたらきと切り離せない関係を築いている。

中でも腸内細菌をはじめとする腸のマイクロバイオームは、健康維持や特定の疾患の発症に深い関連があることが研究によって示されている。
腸のマイクロバイオームの構成や代謝機能などは、明らかに宿主であるヒトの健康に寄与している。

その腸マイクロバイオームは、生まれた瞬間から私たちと共生し、私たちの身体の状態や生活習慣に合わせてカスタムメイドされた精鋭たちだ。

マイクロバイオームという言葉に含まれる生きものや物質はさまざまだが、平均的な1gのうんちには細菌が1,000億、ウイルスが1億から10億、古細菌が1億、真菌や原生生物が100万、結腸細胞が1,000万、代謝物質が100万含まれると言われている(1)。この内訳を見ると、数の上では腸内細菌が圧倒的に存在感がある。

抗生物質の過剰使用や生活習慣の乱れにより、腸マイクロバイオームが健やかな状態を保つのが難しくなってきている。
健康を損ねる原因に腸マイクロバイオームがどれほど直接的な因果性を持つかはまだ研究の途上だが、ともかく腸マイクロバイオームを健やかにすることで疾患を治そうという試みが医学の長い歴史の上で積み重ねられてきた。

FMTって? ざっくり解説

そのもっともダイレクトな方法のひとつが、FMT(Fecal Microbiota Transplantation, 糞便微生物移植)(2)だ。
詳しい機序がよくわからないまま、とにかく効果が高いので臨床現場でどんどん試されているこの方法は、最近になってようやく民間療法から正式な医学へ研究の舞台がうつされたばかりだ。

一般的な方法をごく簡単に説明すると、特定の疾患のない健康な人がドナーとなり、その人の便を生理食塩水で溶き、ろ過し、その液体を大腸内視鏡などの方法で患者の腸へ届けるという治療法(3)だ。

Wang JW, Kuo CH, Kuo FC, et al. Fecal microbiota transplantation: Review and update. J Formos Med Assoc. 2019;118:S23-S31. doi:10.1016/j.jfma.2018.08.011

この方法の優れたところは、患者の腸マイクロバイオームの不健康な特徴がさほど具体的ではなくとも、ドナーの健康な腸マイクロバイオームの生態系をまるごと移す(移植する)ことで、健康を取り戻せる可能性を与えてくれることだ。

つまり、下痢の人にはA菌を、うつの人にはB菌を、肥満の人にはC菌を、などと厳密に使い分ける必要は(少なくとも今のところ)ない。

結果として余分なものがあっても、あとは患者の腸マイクロバイオームとドナー由来の腸マイクロバイオームたちの自己調整機能に委ねることができる。
現時点では、一部の疾患に限っては、この方法がマイクロバイオームを調整するのにもっとも簡便で、有効な方法である。

FMTが現代医学で注目を浴び始めたのは、抗生物質の効かない再発性のクロストリジオイデス・ディフィシル腸炎(rCDI)に劇的に効いたからだ。(以前のクロストリジウム・ディフィシル感染症)

その後も、rCDIほどの有効率ではないものの同じ消化管の疾患である炎症性腸疾患(IBD, 潰瘍性大腸炎やクローン病のこと)や過敏性腸症候群(IBS)への有効性、その他の非感染性疾患への有効性が研究されている。

例を挙げると、Ⅱ型糖尿病、肥満、自己免疫疾患、パーキンソン病、自閉スペクトラム症、多発性硬化症、アレルギー、うつ病など多岐にわたる(3)。

全身の疾患治療に有望な方法として、FMTはこの十数年で非常に注目を集めており、2011年から2021年にかけて発表されたFMT研究に関する英語論文は2,400本にものぼる。
2023年8月時点では、ClinicalTrials.govにFMT臨床試験の登録数のもっとも多い疾患はIBDであり、rCDI以外の疾患への応用を試みる研究者の多さを物語っている。

研究者たちは、腸マイクロバイオームと全身の健康との関連を「腸-◯軸」として、臓器ごとの相関から理解を深めるアプローチも試みている。

よく知られている例としては、「腸-脳軸」(例:自閉症と抑うつ)があるが、他にも「腸-心臓軸」(例:心筋炎と高血圧)、腸-肺軸(例:肺炎)、腸-肝臓軸(例:非アルコール性脂肪性肝炎)、腸-免疫軸(例:全身性エリテマトーデスと移植片対宿主病(GVHD))、腸-皮膚軸(例:アトピー性皮膚炎)など、腸マイクロバイオームとさまざまな臓器の関連性は日夜発見され続けている。

今回のシリーズでは、FMTのことを知らない人でもこの治療法の特徴や可能性を理解してもらえるよう、いくつかの記事にわけて解説していく。(記事下部にリンク記載)

FMTの科学史、各国の姿勢、ドナーのこと、有害事象などを網羅的に俯瞰していきたいと思う。

1. Bojanova DP, Bordenstein SR. Fecal Transplants: What Is Being Transferred? PLoS Biol. 2016;14(7):e1002503. doi:10.1371/journal.pbio.1002503
2. Gupta S, Allen-Vercoe E, Petrof EO. Fecal microbiota transplantation: in perspective. Ther Adv Gastroenterol. 2016;9(2):229-239. doi:10.1177/1756283X15607414
3. Wang JW, Kuo CH, Kuo FC, et al. Fecal microbiota transplantation: Review and update. J Formos Med Assoc. 2019;118:S23-S31. doi:10.1016/j.jfma.2018.08.011

↓毎週1記事ずつ更新していきます!

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