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がんとFMT(糞便微生物移植)の研究まとめ

以前の記事で「がんと腸内細菌」をざっくりまとめたけれど(がんにもいろいろあるのはちょいと置いておいて)、
腸内細菌ががんに関わっているならば、腸内細菌をコントロールすることで治療を試みたいと思うのが人の常というものだ。

FMTという治療法についての詳しい解説は別の機会に譲るとして、この方法はまだ各疾患に対する治験が行われている段階にある。
(参考:腸内フローラ移植臨床研究会

今回の記事では、様々ながんにFMTが役立つ可能性があるか、世界中の研究者が試している様子を届けたい。
まだまだ症例数は少ないけれど、患者さんも、研究者も、お医者さんも、みんな一生懸命だ。

がん治療におけるFMTの可能性

FMTは、消化器系だけではなく多様ながんに応用が試みられている。

また、腸内細菌をがん治療に役立てたいという試みは、腸内環境を変えることでがんそのものを治療しようというものだけではない。
がんの他の治療を併用してその効果を高めたり、副作用を軽減したりするためにFMTの可能性が浮上しており、いくつか興味深い研究がなされている。

2018年に発表された中国の研究者たちのレビュー論文(1)に、がんとFMTの研究がまとめてある。各論文へのリンクは、記事内のRefferenceをご参照ください。
ここでは、がんそのものだけではなく、がんに併発しがちな疾患に対するFMTの有用性についても考察されている。

大腸がん

大腸上皮細胞付近には無数の微生物が棲んでおり、彼らと大腸がんの関係も徐々に明らかになりつつある。

大腸がんとFMTに関してはいくつかの研究が紹介されているが、いずれもマウス実験で、治療ではなくがんを発生させるかどうかの研究である点に注意。

肝疾患と肝細胞がん

肝臓は、肝門脈を通して腸内細菌が出すリポサッカライドやデオキシコール酸など毒性のある物質が運ばれる。肝臓と腸が密接に関連していることから、腸肝相関(gut-liver axis)と言われることもある。

当該論文では、様々な種類の肝疾患について主に以下の観点から論文を紹介している。
①ディスバイオシス(dysbiosis)が肝疾患を引き起こすかどうか。
②FMTが肝疾患の改善に有効かどうか。
③マウスやラットのみならず、ヒトでも有効性が確認されているか。

ヒトによる肝疾患でのFMTの有用性は、Case reportも含めるとアルコール性肝炎、B型肝炎、肝性脳症がある。

膵臓がん

無菌マウスに膵臓がんに罹患したマウスの便を移植すると、がんの進行が加速したという研究が紹介されている。

乳がん

乳がんと腸内細菌に関する研究は、まだ不明な部分が多いのが現状。エストロゲン代謝や免疫調節、肥満などの因子から研究が進んでいる。

メラノーマ

メラノーマとFMTに関する研究もまだまだ多くはないが、一部の腸内細菌がメラノーマにおける免疫療法の効果を上げるという研究(2,3)が発表されている。

CDI(クロストリジウム・ディフィシル感染症)

化学療法や多くの抗生物質の使用、長期の入院、免疫抑制状態などの因子が混ざり合うがん治療では、CDIは決して珍しい病気ではない。
CDIに対するFMTの効果は90%以上と群を抜いており、がん患者のQOLを維持するためにも有効だと考えられる。

放射線性腸炎

放射線治療は有効ながん治療のひとつだけれど、体の組織へのダメージが強く、患者に負担を強いる方法なのが難点だ。
マウスを使った実験では、FMTが放射線治療による胃腸症状の緩和や生存率の向上に寄与することが報告されている。

GVHD(移植片対宿主病)

造血幹細胞移植の拒絶反応として発症するのが移植片対宿主病。この移植手術の際に多量の抗生物質を投与されることで発症したCDIに対してFMTを施行したのが、CDIに対する最初のFMTと考えられている。

腸内細菌の多様性が高い患者のほうが造血幹細胞移植の予後が良いことから、GVHDへのFMTの応用も試みられている。

がん治療の副作用軽減

がん治療は重篤な副作用を伴うものも少なくない。

ICIs(免疫療法)によって引き起こされた大腸炎がFMTによって改善したという報告や(4)、放射線治療の毒性を軽減するためのFMTの有用性を示す報告がある。(5)

他にも抗生剤投与後に、11菌株のプロバイオティクスや自家FMTをする方法も試されている。(6)
がん支持療法における補助としてFMTを試す動きも出てきている。(7)

中国の鄭州大学第一附属医院の医師らによるレビュー論文(7)では、FMTと免疫療法を組み合わせた現在進行中の臨床試験をまとめている。

それらの多くは転移性皮膚メラノーマを対象としているが、前立腺がん、胃腸がん、肝臓がん、中皮腫を対象とした臨床試験もあった。
この論文では、難治性腫瘍の治療および免疫療法の有効性向上における役割という観点からFMTの作用機序が考察されている。

ここまで紹介した論文のほか、がんと腸内細菌に関連するレビュー論文(8-14)を集めたのでよろしければご参照ください。

1. Chen D, Wu J, Jin D, Wang B, Cao H. Fecal microbiota transplantation in cancer management: Current status and perspectives. Int J Cancer. 2019;145(8):2021-2031. doi:10.1002/ijc.32003
2. Baruch EN, Youngster I, Ben-Betzalel G, et al. Fecal microbiota transplant promotes response in immunotherapy-refractory melanoma patients. Science. 2021;371(6529):602-609. doi:10.1126/science.abb5920
3. McQuade JL, Ologun GO, Arora R, Wargo JA. Gut Microbiome Modulation Via Fecal Microbiota Transplant to Augment Immunotherapy in Patients with Melanoma or Other Cancers. Curr Oncol Rep. 2020;22(7):74. doi:10.1007/s11912-020-00913-y
4. Wang Y, Wiesnoski DH, Helmink BA, et al. Fecal microbiota transplantation for refractory immune checkpoint inhibitor-associated colitis. Nat Med. 2018;24(12):1804-1808. doi:10.1038/s41591-018-0238-9
5. Cui M, Xiao H, Li Y, et al. Faecal microbiota transplantation protects against radiation-induced toxicity. EMBO Mol Med. 2017;9(4):448-461. doi:10.15252/emmm.201606932
6. Suez J, Zmora N, Zilberman-Schapira G, et al. Post-Antibiotic Gut Mucosal Microbiome Reconstitution Is Impaired by Probiotics and Improved by Autologous FMT. Cell. 2018;174(6):1406-1423.e16. doi:10.1016/j.cell.2018.08.047
7. Wardill HR, Secombe KR, Bryant RV, Hazenberg MD, Costello SP. Adjunctive fecal microbiota transplantation in supportive oncology: Emerging indications and considerations in immunocompromised patients. EBioMedicine. 2019;44:730-740. doi:10.1016/j.ebiom.2019.03.070
8. Ting NLN, Lau HCH, Yu J. Cancer pharmacomicrobiomics: targeting microbiota to optimise cancer therapy outcomes. Gut. 2022;71(7):1412-1425. doi:10.1136/gutjnl-2021-326264
9. Cullin N, Azevedo Antunes C, Straussman R, Stein-Thoeringer CK, Elinav E. Microbiome and cancer. Cancer Cell. 2021;39(10):1317-1341. doi:10.1016/j.ccell.2021.08.006
10. Suraya R, Nagano T, Kobayashi K, Nishimura Y. Microbiome as a Target for Cancer Therapy. Integr Cancer Ther. 2020;19:153473542092072. doi:10.1177/1534735420920721
11. Schwabe RF, Jobin C. The microbiome and cancer. Nat Rev Cancer. 2013;13(11):800-812. doi:10.1038/nrc3610
12. Sepich-Poore GD, Zitvogel L, Straussman R, Hasty J, Wargo JA, Knight R. The microbiome and human cancer. Science. 2021;371(6536):eabc4552. doi:10.1126/science.abc4552
13. McQuade JL, Daniel CR, Helmink BA, Wargo JA. Modulating the microbiome to improve therapeutic response in cancer. Lancet Oncol. 2019;20(2):e77-e91. doi:10.1016/S1470-2045(18)30952-5
14. Helmink BA, Khan MAW, Hermann A, Gopalakrishnan V, Wargo JA. The microbiome, cancer, and cancer therapy. Nat Med. 2019;25(3):377-388. doi:10.1038/s41591-019-0377-7

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