微生物はどこに棲んでいる?
ミクロサイズになったあなたは、そこらじゅうに微生物を発見することになるという話はすでにした。
では、具体的に微生物はどこに棲んでいるのだろう?
あるいは、微生物のまったくいない環境はあるのだろうか?
極限環境の微生物
さて、微生物を探そうかと腰を上げたあなたは、その瞬間に仕事を終えている。
逆に、微生物のまったくいない環境を見つけようとすると、その仕事は延々終わらないかもしれない。
微生物のいない環境を見つけるのは難しい。
私たちにとってはとても生きていけないような環境でさえ、適応できる細菌や古細菌たちがいる。
たとえばアメリカのイエローストーン国立公園の温泉は、マグマに熱せられて沸騰しており、かつ強烈な酸だ。ここには一般の環境にはなかなか見つからない変わり種の微生物が棲んでいる。
他には、海の6倍塩からくて水温がマイナス20度の環境、深い海の底などにも微生物は豊富に存在する。
こういった極限環境に暮らす細菌たちは、厳しい環境にあった太古の地球で最初に生まれた生命の姿に似ているのかもしれない。
ヒトと暮らす微生物
ヒトの体ではどうだろう。
細菌に話を絞っても、皮膚、口や鼻の中、胃腸などの消化管、膣など文字通り私たちは内も外も細菌に覆われている。
pHが1〜2の酸の海である胃でさえ、ある種の細菌が棲んでいるのだ。
そうは言っても、皮膚は外界とじかに触れているし、消化管は外界から摂取した食べ物が通るので、細菌がいてもおかしくないのかもしれない。
しかし、肺や子宮や血液はどうだろう。
肺に細菌が入れば、肺炎になる場合もある。血液に細菌がいたら、菌血症だ。子宮に細菌がいると、早産につながるという報告もある。少なくとも、これらの臓器は無菌環境に近いと信じられてきた。
けれど驚くべきことに、健康な人の体であっても、長く無菌だと信じられてきたこれらの器官にも細菌が棲んでいるのではないかという報告が相次いでいる(1-3)。
Human Microbiome Projectのウェブサイトでは、現在進行中のものも含めたプロジェクトの詳細が見られる。
体の部位ごとに分けて表示されるプロジェクト数は、それぞれの部位に棲む細菌たちの数に比例しているようにも見える。
消化器、口腔、泌尿生殖器系のプロジェクトが多く、次いで皮膚、呼吸器となっている。
ここでも、少数だが血液や眼、骨や傷口といった箇所にまでプロジェクトが立ち上がっており、研究者たちがいかに多様な場所に細菌が存在しうると予測しているかがうかがえる。
ここまでくると、「私」と「細菌」を別の生き物と考えてよいものかわからなくなってくる。
それぞれの部位には特徴的な細菌の分布があり、おのおのの得意分野で活躍しているようにも見える(4)。
面白いことに、細菌たちはある程度は部位ごとに棲み分けをしているが、連続した部位などではグラデーションを描いて存在している。
もう少し詳しく説明すると、鼻と口の菌たちは一部を共有しながら、それぞれの部位に特化してもいるということだ(5)。
これは、病原体を含む細菌のメンバーの力関係を調整したり、将来やってくる病原体やディスバイオシスへの抵抗性を示唆している(4)。
さらに筆者の推測を加えるなら、特定の部位で特定の働きをしながらも、ある部位で細菌コミュニティが失われるようなことがあれば、ただちに他の部位から菌の補給が行われるような仕組みになっていると考えられる。実に理にかなっている。
滅菌された医療器具や真空パックされた殺菌済みの食品でもない限り、細菌はどこにでもいる。
「殺菌」「抗菌」という言葉に慣れている私たちにとって、この事実は何を教えてくれるだろうか。
病原性を持つ持たないにかかわらず細菌を遠ざけようとする衛生観念を、根底から組み立て直すべきときが来ているのかもしれない。
1. The Blood Microbiome and Health: Current Evidence, Controversies, and Challenges. Accessed June 21, 2023. https://www.mdpi.com/1422-0067/24/6/5633
2. Baker JM, Chase DM, Herbst-Kralovetz MM. Uterine Microbiota: Residents, Tourists, or Invaders? Front Immunol. 2018;9:208. doi:10.3389/fimmu.2018.00208
3. Erb-Downward JR, Thompson DL, Han MK, et al. Analysis of the Lung Microbiome in the “Healthy” Smoker and in COPD. PLOS ONE. 2011;6(2):e16384. doi:10.1371/journal.pone.0016384
4. Huttenhower C, Gevers D, Knight R, et al. Structure, function and diversity of the healthy human microbiome. Nature. 2012;486(7402):207-214. doi:10.1038/nature11234
5. A Core Human Microbiome as Viewed through 16S rRNA Sequence Clusters | PLOS ONE. Accessed June 23, 2023. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0034242
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