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吾輩は、時速275キロでコーヒーを売っていた

これは、時代がちょうど昭和から平成になる頃の話だ。

もうじき半世紀になるオレの人生の中でいちばんバカをやっていた時期は、間違いなく時速275キロでコーヒーを売っていた時だ。

何気に見たアルバイト情報誌に載っていた、東北、上越新幹線の社内販売員募集広告。

新幹線に乗っていると時々現れる、ワゴンサービスでコーヒー、ビール、サンドイッチにおつまみはいかがでしょうか~、という、アレだ。

面白そうな仕事じゃん、と面接に出向き、いとも簡単に採用された。そりゃあ、あんだけ新幹線走ってるんだから質より量、だったのだろう。

いざ入ってみて最初に気づいた点は、バイトの8割がたが「テツ」だったこと。

鉄っちゃん、鉄オタ、乗りテツ、撮りテツ…など呼称は色々あるが、

鉄道マニア、である。

世間一般の認識でテツといえば、社交性もあまりなく、自分の趣味の世界に浸りきり、どうでもいいような細かい知識をひけらかすような奴らばかり…あ、ちょっと言いすぎたかな。でも、程度の差こそあれマジョリティーは間違いなくそんな奴らだった。

そんな一般社会常識からずれている(と認識されている)テツどもが、いくら社内販売員とはいえ、お客様にスマイルしながら「サービス」を提供する「接客業」になぜ志願するのだろうか。

それはもちろん、「電車に乗れる」からにほかならない。しかも普通だと、電車に乗るにはお金を払わなければならないが、この仕事に就けば、お金を貰えて!電車に!乗れる!

かくいうオレも、「鉄・ライト」「軽テツ」くらいのレベルだったので応募したわけだから(ホントかなあ)、ヒトのことはあれこれ言えない。

もちろん採用された後は、きちんとプレスされた制服を着て身だしなみチェック、サービスマニュアルに沿った丁寧な接客用語、きめ細やかな販売動作…なんてトレーニングもしましたよ、そりゃ。

でも、そういった堅苦しいことを終えて自由の身になったテツたちは、こぞって勝手放題のことをやっていた。その悪行の数々を、もう時効になっていると思うから今ここで白状してみよう。

販売品略奪

ひとことで言えば、つまみ食いである。とはいえ、ポットに入っているコーヒーなどは、ある程度時間が経てば酸化してしまうから、ちょびちょび飲む分にはまあ許容範囲内だろう。サンドイッチだって生ものだから、終点に近づく時点で売れ残ったものは、どうせ破棄扱いとなってゴミ箱に行ってしまうのだから、まあ食べてもいいでしょ、ねえ?

ところが愛社精神など無いテツたちには、自制心というものが欠けている。少し仕事に慣れてくると、許容範囲内のアイテムが際限なく拡大し、たこ焼き、カレー、さらには高額路線のうな丼にまで手を出すようになった。ガチガチに凍っていてスプーンが立たないアイスクリームは、世間の一部では有名な車販アイテムであるが、それにホットコーヒーをかけて食べるのは禁断の快楽でもあった。ただ、電子レンジで温めたタコ焼きで舌を火傷し、販売中の会話に苦労したのは、ついに罰が当たっただけ、といえよう。

異性交遊

車販員の8割がたはテツの男、と書いたが、その当時でも「鉄子」はいたし、また何を血迷ったのか「フライトアテンダントになるための学校に行ってるんでぇ~、その準備もあってぇ~」、なんてことを言ってのける、わりあい可愛らしい女の子もいるにはいた。
新幹線の種類によっては、車内販売はバイトの二人だけで回す場合もあり、そんな場合はある程度経験のあるヒト(この仕事を長く続けるのはテツばかり)と、新人の女の子とがペアになることも時々あった。

あまり私生活でそういった機会に恵まれていないオレ達鉄オタが、舞い上がらない訳がない。

だって、いくら仕事しているとはいえ、二人っきりで往復4-5時間、新幹線の車内という閉ざされた空間を共有できるなんて…目じりを下げるなというのに無理がある。

そうは言っても、列車が動いている時はさすがに仕事をしなくてはいけないので、あまり会話を楽しむ時間はないが、運がいいと折り返し時間の関係で、目的地で2時間くらいの空き時間がある場合もあった。

そんな時は、「せっかくだからおいしいものでも食べにいこ!」と相方の女の子を誘い出し、例えば盛岡折り返しならわんこそば、といったご当地名物を一緒に食べに行ったりして舞い上がっていたのである。
はて、今になって思えば、まさかワリカンなんてしてなかったよな?いくらなんでも、とは思うが、オレも一般常識のないテツだったのであまり自信がない。

泊まり業務

もっと美味しい(文字通り!)仕事だったのが、泊まり乗務。これは、夜の新幹線で東京を出て、例えば新潟で一泊して翌朝の列車で東京に戻るという乗務パターン。これはまあ、小旅行というか、目的地では何もしなくていい出張みたいなものだ。

もちろん、何もしない訳はなく、新潟の新鮮な海の幸や日本酒をしこたま飲んでいたのだけれども。

そういった外道な奴らは徒党を組みがちで、自分もいつしか新潟泊常連組の一員となり、新幹線が新潟駅に到着した後はなるべく急いで残務を整理し、いそいそと着替えて最寄りの居酒屋に行き、刺し盛りや地酒を堪能し、その後は腹ごなしにカラオケボックスで盛り上がり、さらに寮に帰る途中のコンビニで酒つまみを買い足して三次会。当然翌朝はひどい二日酔いで千鳥足になりつつコーヒーを売る…というルーティンをこなしていた。

実はそれまで日本酒はそれほど好きではなかったのだが、さすが酒どころ新潟の地酒は美味いし、のん兵衛の仕事仲間がどんどんすすめてくる。これを機にオレは日本酒大好き人間になったのである。

ところがある晩、同じ流れでカラオケボックスに行くと、なぜか現地のアンチャン達にからまれた。最初は酔っ払い同士がちょっかいを出し合う口喧嘩だったのだが、なぜかそれがエスカレートしてパンチの飛び交う乱闘騒ぎとなり、止めに入った自分も軽くパンチを食らい、あれよあれよという間に警察が来て一網打尽。パトカーに分乗させられて、警察署に行っての事情聴取、という破目になった(というか…オレ、被害者なんだけど)。幸いながら、あれ以来パトカーに乗ったことはない。

深夜の酒盛り

3年ほど勤続していると、事務所での仕事をすることも多くなった。列車に乗る人の点呼を取ったり、釣銭セットを渡したり、売上金をまとめて金庫にしまったり、みたいな仕事だ。

一応ネクタイ、ジャケット着用だし、自分のカネではないとはいえ、かなりの数の札束を数えたりしていたので、ちょっとエラくなった気がした。

この仕事は、夕方始業、夜勤を挟んで翌朝終業、というけっこうな長時間勤務だったのだが、隠れたどでかい役得があった。

毎晩が酒盛りなのである。

一番最後の列車が到着し、お金をすべて金庫にしまうと、残っているのは我々事務所担当者と、車販員に渡す飲食料品をセットする倉庫担当者の5、6名、すべてバイト君ばかり。このメンツは、翌朝の始発列車が出るまで事務所で泊まることになるのだが、もちろんおとなしく布団を敷いて寝るわけがない。

事務所のあちこちからプシ、プシ、という音が発生し、ビールだおつまみだを引っ張り出しての酒盛りとなる。

居酒屋で酒盛りをしているのと見た目は同じだが、一番違う点は、

カネを一銭も払っていない。

まあ、バイトだけ残しておいて、周りには飲み食いするものが山とあるのだから、手を出すな、と言っても無理だけどねえ。

今から考えるとヒドイ話だが、特に問題にもならなかったから、さすが元国鉄の系列会社、在庫管理ゆるすぎじゃん。

¥¥¥

そんな感じでハチャメチャなバイト生活をしていたが、その他にも4-50名で都電を貸し切って乗りテツをしたり(周りの目が恥ずかしかった)、気のあったメンツで1泊2日の温泉旅行(もちろん電車にたくさん乗り、浴びるように酒を飲む系の)に行ったりと、テツの絆は強かった。

それでも吾輩はコーヒーを売り続けた

もちろんちゃんと仕事もしていた。あさイチの列車では、何度ポットを交換してもコーヒーが売れ続け、指がポットのボタンの押し過ぎで痛くなった。週末の列車ではビールがケース単位で飛ぶように売れ、売り物がほぼゼロになって終着駅に着いたらワゴンはほとんど空っぽ、その分ポケットが札束でぱんぱん、ということも何度もあった。今はほとんどの乗客が駅の売店であらかじめ飲食物を買っているし、新幹線で酒盛りをするような人はほぼ絶滅したから、あれは車内販売員が一番忙しくて楽しい時代だったのだろう。

また、列車に乗りながら、四季の移ろいを時速275キロの車窓から眺めるのも好きだった。それまで北国にあまり縁のなかったオレにとっては、冬の豪雪は特に新鮮で、自分が乗っている新幹線が通過待ちで長めの停車をしているときには、駅のプラットフォームに降り立ち、手をこすり白い息を吐きながら、向こうから雪煙をあげて爆走して向かってくる新幹線に見とれたものだ。また、乾ききった関東平野から国境の長いトンネルを抜けると、あらホント雪国になったなあ、なんて思ったりした。日本って、意外と広いんだなあ…。

結局、就職するまでこのバイトをしていたのだが、仕事仲間やお客さんとのやり取りなどで楽しい思いをさんざんしたおかげで、就職先にホテルを選び、あれから30ねん近く経った今もサービス業界で働いている。何の気なしに始めたバイトだったのに、人生は偶然というか必然というか。

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あれは年明けの頃だっただろうか。オレは春の就職を控え、このバイトも残りあとわずか。夜更けの東京行きの上越新幹線だった。平日のオフシーズン、車内はガラガラだった。

なかなか売れない車販カートを引きずっていると、高校生と思しき乗客がいた。参考書らしき本とノートに首っ引きで、窓の外を見る気配もない(まあ、夜だから真っ暗で何も見えないんだけど)。

ああ、受験に向かうんだろうな、と気づいた。新潟とかその辺りから、志望大学の入試にでも行くのだろうか。東京に着いたら泊まるところはどこなんだろう、ホテルか、親戚でもいるのか。そもそも東京に行ったことはあるのだろうか。まあ今どき行ったことないやつはそうそういないよなあ、でも、東京は広いから、入試会場に間違えずに行けるといいよなあ…などと考えた。オレもじきに社会人という未知の世界に足を踏み入れることになるので、その高校生に共感することができたのだろう。

もうじきバイトも辞めるんだし、たまにはいいこともしようか。この時だけは、オレは時速275キロでコーヒーを売る男から、時速275キロでコーヒーをさしあげる男になり、すっとテーブルにコーヒーを置いた。

…どうせ売れ残りなんだし、なんて言い訳をしながら。

入学試験、合格したかなあ…。

(おわり)