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頭の中で踊るH.O.K.K.E.

 頭の中では常にH.O.K.K.E.が泳いでいる。無惨にも腹を割かれ水分を抜き取られた乾物の姿でも、元気に海原を駆け巡っていたであろう生身の姿でも、どちらの姿でも泳いでいるし、代る代る泳いでいる場合もある。本日は乾物のH.O.K.K.E.が縦横無尽に泳いでいた。
 酒を飲みに店に入った際、品書きにあるH.O.K.K.E.の文字を目にすると心が踊る。すかさず頼んでは塩味豊富で肉厚な身を頬張り酒を流し込む。これだけで脳内はHAPPYに満ち溢れ、小躍りすることができる。踊りで揺らした手がものすごい任侠郎にぶつかってケツの毛を毟られる程に暴力を振るわれることも御愛嬌だ。そのぐらいにH.O.K.K.E.のことを愛している。因みに、H.O.K.K.E.は魚のこと指しているわけではない。
 H.O.K.K.E.のことを愛していると右で書いた通り、H.O.K.K.E.に対する愛を止めることが出来ない段階まで突入している。最早、この世で誰一人として勝る愛を持つことは出来ないだろう。それほどに愛が膨らんでいる。更に幸運なことに、こう豪語しても「貴様にH.O.K.K.E.の何がわかる、殺しますよ」と言ってくる尊大な海原雄山みたいな友人は居ないし、「此れに比べてあんたのH.O.K.K.E.はカスやゴミカスや、殺します」と言ってくるハゲチャビンも居ない。其れ故に、自己満足的な愛情をどれほど叫んだとて諭されることはないのだ。こうしてH.O.K.K.E.に対する愛情はどんどんと助長してゆく。
 だが、一つだけ欠点があった。
 H.O.K.K.E.を酒以外で流し込んだことがないのだ。其れもそのはずで、H.O.K.K.E.を品書きに並べている店というのは酒を飲む場所が多い。品書きを開けばH.O.K.K.E.があるし、壁に垂れている短冊形の品書きではH.O.K.K.E.が踊っている。それを躊躇なく頼んでいるためか、H.O.K.K.E.は酒で流し込むものであるという刷り込みが脳内で形成されているのだ。S.A.B.A.酒以外のもの、つまり白米で流し込むことはあるはずなのにH.O.K.K.E.は白米と合わせたことがない。酒ばかりで流し込んでいたのだ。
 ものずごく恥ずかしくなった。あれだけH.O.K.K.E.に対する愛を叫んでおきながら、酒以外の食べ物と合わせたことがないなどもはや言語道断。まるで、人間との性交に至ったことがないのに蛸と女体の性交を描く春画作家ではないか。貴様は本当にH.O.K.K.E.を語る資格があるのか、そもそも貴様は本当にH.O.K.K.E.のことを愛しているのか。海原雄山の声が頭の中で支配的に鳴り響いて海原雄山の顔がどんどんと膨らんでいく。脳膜を突き破るほどに大きくなった頃合いには、H.O.K.K.E.の姿はどこにも見えなくなってしまった。激烈に悲しかった。
 という話を以前、友人と飲み屋に行った際にした。涙がハラハラと流れるほどに熱弁したが、友人は白目を向いて顔を虚空に向けていた。口からは細かく粘度のある泡が流れていた。丁度やってきたのは𩸽の塩焼き。先ほど注文したものだろう。僕の前に置かれた𩸽の塩焼きは、涙が身に染みて更に塩味が強くなっていた。


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