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立呑 わたらい

  本八幡駅 南口から降りて東に少し進むと、ちょっとした飲み屋街がある。規模感で見ると飲み屋街?と疑問に思うだろうが、小規模な駅の栄えている場所ぐらいのイメージを持っていればいい。その少し栄えている路を歩くと、他の店と比べてひときわガヤガヤと騒がしいお店が見えてくる。そこが立呑 わたらい。僕が好きな店の一つである。
  わたらいは駅前のお店ということもあり、いつ行っても誰かしらお客がいる。夕方に入るとほぼ満席の中、ぎゅうぎゅう詰めで酒を飲んだこともあるし、開店直後に足を運んでみるとすでにオヤジがハイボール片手に酔っ払っていたこともある。そんなお店だから、孤独を感じた日にはさっと足を運び、さっと酒を飲んでいた。
  孤独を感じてはいても、特に誰かと話すわけでもなく、興味がない相撲中継や駅伝中継をボーッと眺めて時間を過ごす。孤独を紛らわせるなら適当に誰かと話せばいいではないと思うが、何となくわたらいでは誰かと飲んでいるという安心感を覚えることができた。たといそれが、昼間から酒を飲んでいる歯のないおやじだとしてもだ。そういう不思議な安心感を持つことができるので、店を出る頃には孤独感はどこかに去っていた。
  わたらいに行くと、いつも頼むメニューがある。焼酎ハイボールとうずらにんにくだ。わたらいは面白いもので、焼酎ハイボールを頼むと店員さんが「ボォーーールッ」と、元気よく絶叫してくれる。この絶叫こそわたらいにおける飲酒の暁鐘であり、誰しもが受ける洗礼の一つになっている。さっとボールが提供されると、間髪を入れずうずらにんにくを頼む。このうずらにんにくこそが、わたらいの名物であると考えている。その実態は、にんにく醤油にうずらのゆで卵を漬けただけものであるが、この浸かり具合がいい塩梅なのだ。一つ頬張ると、キリッとした醤油が舌を踊らせ、にんにくの香りが鼻腔をくすぐる。その祭事の最中、甘みを含まないプレーンの焼酎ハイボールが流しリセットする。この繰り返しが、僕のわたらいにおける作法になった。
  うずらにんにくを食べ終わると、あとは気になっていたものを頼んでみる。それこそ名前では姿を想像できないエレベーターや、長い飲みのお供には最適な紅生姜のかき揚げやらを頼んだりする。この瞬間も結構好きなもので、食べたことがないものであればどういったものがやってくるのか楽しみの時間になるからだ。
  頼んだものを待っている間、店内を一眺めしてみると、いつの間にかお客も増えており店内が賑やかになってくる。あれを頼もうかなこれを頼もうかな、わし借金があるけどなんとかなってんのよ、ボォーーールッ、など取り留めもない会話が聞こえてくる。もちろん、それらに加わることはない。ただ会話が聞こえてくるだけで、誰かと酒を飲んでいるという安心が孤独感を薄くしてくれる。そうだ、この雑多な感じを求めてやってきたのだな。
  頼んだ二品目を食べ終わり、焼酎ハイボールを飲み干すと昏鐘が鳴る。三杯と二品でだいたい1,500円いくかいかないか。このやすさで孤独が紛らわせるなら毎日行ったっていい。

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