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ヨソモノとしての矜持

 本土出身の友人と酒を飲み腐っているとお悩み相談室みたいな会話になったことがある。とは言え、僕の悩み事と言えば常に「金が無い」この一点のみなので、金を配ることが趣味の人間でない限り僕の悩みを解決できる人間は存在しなだろう。よって、お悩み相談室が開催されれば、僕は悩みの聞き役、場合によっては解決を任されるというなんとも損な役割に回ざるを得ないのだ。
 友人の悩みはこうであった。「最近会社で忌憚のない意見というのを吐いて回っていたら、ヨソモノ扱いされて排斥されそうになった」と。
 惨たらしい話だなと思った。会社というのは忌憚のない意見を如何に取り込んでいき売上に貢献するかを考える場であるはずだ。友人はその論理に則って意見を言ったのにも関わらず、「うるせーな、こんのヨソモノが。何も知らんくせにでしゃばりやがって。この村から出ていけアホンダラが」と謂れなき侮辱を受けたということだ。おお、なんとも惨たらしい。
 飲酒をしてストレスを解消しているより、所属している会社に米軍から横流しされたプラスチック爆弾を仕掛けて吹き飛ばしたほうがスッキリするのではないか、と頭の隅で考えながら、頭の大部分では他のことを考えていた。それはなにか。友人はヨソモノで間違いないということだ。
 なぜ、本土出身の友人はなぜヨソモノだと思うのか。結論から述べると、育った環境・背景があまりにも違いすぎるからだ。本土出身の友人と沖縄県民の多数所属している会社を比べてみると、その違いが浮き彫りとなってくる。
 まず信じている宗教が違う。沖縄はその土地特有の土着信仰が存在しており、死後の世界の考えすらも違う。沖縄県では人が死んだら海の彼方にあるめちゃくちゃいい感じの理想郷に行くことが出来、そこでものすごいパワーを貰って一族の守護神として再臨することができるという考えがある。この宗教的な考えがあるので、沖縄県では先祖をかなり大事にするという意見に支配されている。
 更には、沖縄の土地特有の歴史も存在している。沖縄の歴史を振り返ってみると、沖縄のままでいたという期間は結構短いように感じる。琉球王朝時代であれば中国の属国であったし、薩摩藩からの琉球侵攻があったこともある。廃藩置県後には琉球藩から沖縄県へと変更されたし、WWⅡ後にはアメリカの支配下に置かれた。要するに、沖縄の歴史というのは沖縄以外の土地の人間に翻弄され続けていた歴史であると考えることもできる。
 理由は端折るが、食べ物だって違うし、気候も違う。家屋の構造だって違うし、言葉だって違う。風習だって違う。これら様々な要素や環境と共に生きているとどういうことになるのか。沖縄県特有の自治が発生するのだ。この沖縄県特有の自治というのは、自らのことを守り律するということを優先的に考えているためだろうか、想像以上に堅牢なものに仕上がっている。
 その堅牢な自治に飛び込んで、日本の一般通念として罷り通っている自治を押し付けたところで、沖縄県民の自治はより硬いものに仕上がっていく。さらに、異物を取り除くかのように押し付けた者を排斥に移る。多分、友人は大きく踏み込みすぎてしまったのだろう。自治を切り崩そうとして、この嫌な感じの渦に取り込まれてしまったのだ。
 だからといって、ヨソモノはヨソモノらしく大人しくしとけや! という話ではない。そんなことを言ってしまっては、右の会社の人間となんら変わらないものとなってしまう。では、どうすればいいというのか。ヨソモノはヨソモノ然として沖縄県民と向き合えばよろしいということだ。
 郷に入っては郷に従えという言葉がある。これはその土地の風習に従って上手くやったほうが楽だよねという言葉だ。沖縄県民もこの言葉の通り、自治を乱さず入ってくる人を大いに歓迎する。それはもうめちゃくちゃに歓迎する。調子に乗って一升瓶の泡盛をラッパ飲みするぐらいのことはする。ここのタイミングを見計らって、ヨソモノとしての力を発揮してみると結構吉と出ることが多い。今までの自治って何だったんスカ? というレベルの提案を受け入れることもあれば、少しのことから改善していこうと現実的な話し合いになることもある。
 つまり、ヨソモノはヨソモノなのだと諦めて生きていくのではなく、ヨソモノ然としてバトルフィールドの中で生きていくべきなのだ。

 という話を友人にしたところ、「違う、ぜんぜん違う。そんな話をしたかったんじゃない。お前と話をしたかったのは、会社のどこにプラスチック爆弾を仕掛ければ効率的に爆破できるかを話したかった。それをさっきから意味のわからんことをグチグチグチグチグチと。しかも何によその結論は。
結局酒飲ませて頭がパーになったところで懐柔せえっちゅーことでしょ。なんじゃいそれ、詐欺と同じじゃん。なにがヨソモノじゃ、うっさいんじゃアホンダラ」と激昂。持っていたグラスを僕の顔に投げつけてきた。
 グラスは僕の顔に直撃し、粉砕粉々と砕け散った。鋭い痛みが顔を襲い目を瞑り身体をくの字に曲げると、想像を絶するような大きさの拳が僕の顔面に追突してきた。友人のフルスイングアッパー。一瞬だけ目の前が真っ白になったと思ったのだが、次の瞬間には真っ暗になっていた。
 気がついたら、僕がゴミ袋が山盛りになっている堆積所で仰向けで眠っていた。纏わりつくような湿度と、鼻が曲がるような腐敗臭。不快な気持ちに襲われ身体を起こすと鋭い痛みがあちこちを駆け巡る。友人はわざわざ居酒屋から僕を引きずり出してここに放ったのだろうか。ゴミはゴミのあるべき場所に。あまりの鮮麗でメッセージ性のある行為に言葉を失った。
 顔を上げると、道を挟んだ海岸から朝日が上るのが見えた。周りを金色に照らしていき、僕もその金色に包まれていった。
 僕は何度も何度も、素敵だなぁ、と呟いていた。


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