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事務所にハブがでた

 本日、なんか小便したいなぁと思い便所に向かった。
 便所に向かうことぐらいは普通であるが、僕が今向かわんとしている便所は、なんというかめちゃくちゃボロいのだ。なんというか、戦後の暮らしを想像する際に『はだしのゲン』の主人公・中岡ゲンみたいな暮らしを想像するか。心もとない壁にトタンの屋根、窓があればラッキーみたいな掘っ立て小屋を想像する。個人的には、それは間違っていないと思うし、『はだしのゲン』自体そういった描写があるのは事実だ。そして、その想像の中の要素が今僕の目の前に鎮座している。トタンの屋根、窓があればラッキーな構造。つまり、僕が通っている事務所の便所はアホほどボロいのだ。
 そのボロい便所だが、ボロいはボロいなりになぜか機能している。というか、めちゃくちゃ壁が薄いバラック小屋みたいな建物の中に、厠を無理矢理に建てたのにも関わらず。僕がこの事務所に通う前から、台風に負けることなくその場に鎮座しており、今も従業員の便意を守っている。言ってしまえば、トイレの神様みたいな存在だ。トイレの神様みたいな存在がどういうものか知らんけど。
 そんなボロい館の中で毒蛇であるハブが住み着いたのだ。僕への許可を取らずに。つか、僕より先の先輩が働いているのにも関わらず。ハブはいつの間にか、もしくは僕たちがはたらくよりもずっと先にそこに住み着き、僕・僕たちを見下ろしていたのだ。「こいつシッコ垂れ流しててウケるな」とか思っていたのだろうか。そうであるならば、もっと他のことに目を向けたほうがいいと思う。
 ハブは天井の梁で佇んでいた。僕が小便をしている間、天井に目をやると、バッチシ目が合った。天井の梁で佇んでいるハブ。僕が小便を垂れ流しているのにも関わらず目があった。そんなに見ないでほしいと思った。
 事務所でハブに会う、というのは働いている中では超一大事の事項であろう。つか、ハブは有毒生物故にもう少し「ハブが出た!ハブが出たぞ!」ともう少し大騒ぎをして注意喚起をしたほうがいいと思う。でも僕はそれをしなかった。ハブが便所の天井の梁で佇んでいるのをおめおめと見逃したのだ。それはなぜか。
 僕は、ニョロっとしたものやヌメッとした生物が好きな性分を有している。端的に言えば、蛇が大好きな人間である。その蛇が大好きな人間が、「事務所にハブがいる」という報告をするだろうか。絶対にする。相手は有毒生物だし、噛まれもしたら最悪壊死で該当部位を切断なんてことはありうる話だ。しかし、そんなリスクを抱えながらも僕は報告しなかった。理由としては、このまま時が過ぎれば何処かに言ってくれるだろうと思ったからだ。
 ハブという生物は沖縄県内では、なんというかめちゃくちゃ嫌われている。嫌悪というか厭悪ぐらいまで来るほど嫌われている。いかつい見た目に死にはしないけど羅漢したらまあまあヤバい毒、更にはニョロっとしてヌメッとしている感じ、という要素をふんだんに含んだハブは嫌われの対象として君臨している。
 しかし、しかしだ、ハブという生物は決して自分から人間を襲うことはしない。人間を襲う場合は、大抵、畑作業中に誤って踏んでしまったとか、いたずらをしずぎて自業自得的な形で噛まれた、という場合に限る。なぜそういった場面に限るのか。そもそも、ハブという生物は弱い存在であるからetc….
 つまり、ハブというのは人間に比べて弱い存在なのだ。その人間がカッとなって弱い存在を狩るなんてアホらしいではないか。それ故に、僕は誰かに報告することはなかったのだ。いや、誰かが噛まれれば、業務に支障をきたしサボれるかもしれないと思ったのではなく。

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