おでんと資本社会
職場で隣に座る同僚が、私は毒舌だ。私にかかれば一般ピープルくんなどの自尊心はズタズタに引き裂きながらも笑いに昇華できる腕前を有している。そのお陰で、会社では今のような地位を築き上げ給与もガッポガポ稼いでおりますさかい、と喚き嘶ておりました。
その自信満々の様子にすっかりあてられた某は同僚に「それでは某に何かを言ってみてください」と懇願してみました。すると、同僚は一言だけ「死ね」と仰りました。なんというのでしょうか。某はこの場で死んでやろうかバカタレがっ、と言いそうになったのをグッと堪え黙ったまま目の前の業務を処理したのであります。あばばばば。
扨、しょうむない嘘話はさて置き、某が腰を落ち着けている翁輪県では最近文化を資本として所有することが流行りに流行っております。それはどういうことでしょうか。文化、という人の手によって創造された形ある、または目に見えるものでありながら概念と化しているものを会社の資本として所有するということが巷で大流行しているのであります。文化を資本化し商売の道具と成すとは何事かと思うことでしょう。しかし、今の翁輪県ではそういったこと、つまり文化の資本化が行われると、反対の感情が沸き起こるどころか称賛、褒め称える声の方が多い状態であります。ここから何が見えてくるのかというと、文化とかいうカネにもならないモノはさっさと株式会社などに売っぱらって金が稼げる体裁でも整えてこい、ということでしょうか。
最近、新聞を斜め読みしていると、「人気老舗おでん屋、株式会社に経営権を売り渡し味の継承を果たす」という記事が目に入りました。老舗の人気店が経験を企業に売り渡す、ということは珍しくもなんとも無く、ふぅんと興味なさげぐらいにとどめていたのですがとある一文が気になりました。「翁輪県のおでん文化を後の世代に伝えるために経営権を売り渡しました」といふ一文です。
某が腰を落ち着けている翁輪県は、おでんの中にレタスや豚足、翁輪そばの麺を茹でたりするし、味付け自体もど甘いものにするなどして、他の地域とは一線を画した独自のものになっているといへます。この独自性で、翁輪県のおでんは、「翁輪おでん」と自立したアイデンティティを確立し、それは立派な食文化として相成っているのでございます。そのお蔭で、右で述べた老舗があーだこーだしなくても、それぞれの家庭で「うははは、豚足とかいうベロベロでブヨブヨの食べ物には飽きたからソーセージといふ火を通したらパキパキの食感になる肉棒を煮ろうぞ」などと言って、食文化としての楽しみを存分に享受させてくれるのであります。
それ故に、右の老舗が「翁輪おでんを継承したいばーよ」などと言って心配しなくとも、各々の家庭で勝手に継承されるでしょうし、翁輪言語のように無くなることもしないのであります。なので、老舗が言うべきだったのは「店の味を無くしたくない」と素直に言うべきだったのではないだろうか。文化を口実として扱うべきではなかったのではないかと思うのであります。
しかし、単純に「店の味を継げたいから」といふ理由だけではなかなか座りが悪いというふのも理解できる。そんな店本位的な理由では株式会社というのは動きはしないだろうし、資本社会的な側面で答えれば人気の頂点にいるという巨大な競争相手がいなくなることで、その席を虎視眈々と狙へることになるでしょう。そうなれば、株式会社といふのは冷たいもので自沈するものは傍観するに限りますなぁと言つて冷酒などを煽ってゲラゲラ笑うのでございます。しかし、そうならない口実があるのであります。そこで、文化というふのが登場と相成ります。
株式会社などの資本社会というのは文化という言葉にかなり弱い。弱点と言っても差し支へがないでしょう。資本社会が文化を作り上げることはありますが、それは一過性のもので、翁輪おでんといふような伝統的で庶民的、民族的な文化を資本社会が作り上げることは不可能なので、これを所有したい、資本へと化したいという企業の思惑はありありと感じることができます。なぜかって。庶民的な文化というのは堪へない限りはカネへと変換することが可能であるかであります。
翁輪県での昔ながらの食べ物に、ポークたまごといふものがあります。これはただの単なる料理名であり、そこいらにありますきつねうどんとか、カツ丼とか、どんどん焼き問不要な料理名となんら変わらないものであります。しかしながら、今では株式会社の手により商標登録されており、自由に使用することは出来ないという憂き目にあっております。たかだか料理の名前でありながら、使用するのにはどこぞの誰かかわからない人間にお許しを頂いて使用できるという感じになっているのであります。
そんな事があるので、翁輪おでんという食文化も株式会社といふ資本社会に首根っこを押さえられたのだなと思うと、なんといふのでありましょうか。飲んでいるお酒に微妙な苦味が広がったような気分がしております。
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