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ガツ刺し、天狗の鮨、夜の虫

 羽田空港から品川へ、常磐線へと乗り継ぎ約三時間半。ケツにじんわりとした痛みを感じ始める頃に電車は水戸駅に停車・通過する。ケツの燃えるような痛みが腰の痛みへと変貌する頃にやっと勝田駅へとたどり着く。初めて降り立つ土地 勝田。夕刻に包まれた街並みは、少しひんやりとした空気と共に夜へと変貌を遂げようとしていた。
 勝田駅からビジネスホテルへ向かう。東口から降りて元町方面へと向かう道すがら、「天狗鮨 百円均一」というお店があった。な、なんと金を持たない僕にお誂え向きの店なのか…と、勇み足で入店を試みるも未だ時間外とのこと。後ほどきてくれや!と声を掛けられ本日の宿へと向かった。宿はビジネスホテルと自称しようとも、どこか昭和の香りを隠せていないいい宿であった。
 ホテルにて早速着替えて、水戸の街を目指す。茨城県央中枢中核都市であるところの水戸は巨大なベットタウンとしての役割を果たしている。始めに水戸駅南口から目的地を定めずに歩いてみる。整然と区画された建物たちは、その土地の商業を担っており胸を張って整列しているかのようであった。並ぶ飲み屋はどれも大人数を受け入れることができる構えをしており、独り身の僕にはどれも空間が広すぎるものばかりであった。四十分ほど彷徨った後、駅に戻る。
 次に水戸駅北口から彷徨う。ここには水戸黄門の像があるのだが、夜であったため気がつくことはなかった。気がついたとて、僕は倒幕派の人間ゆえ大暴れした後、黄門様の像の背後に周り両腕を回して腰をクラッチ、そのまま像を後方へと反り投げるかもしれない。ジャーマン・スープレックス。投げっぱなしではなく、由緒正しきフォール狙い。水戸の人間橋こと、コロ助。いざ、参らん。オホホのホ。して、何の話だろうか。
 水戸には行きたい店がある。「大衆酒場 もっさん」という店なのだが、特別飯が美味いだの、酒が高級だのと、そういった誰もが享受できる情報で選んだのではなく、外の席では水戸駅を眺めながら酒が飲めるということを聞いて行ってみたくなったのだ。して、幸いにも本日は気温も穏やかで外で酒を飲むにはもってこい。春と秋は外で酒を飲めと季節が推奨しているように、その説勧めに抗うこともせず外の席で酒を飲むことにした。
 見慣れる水戸駅は生活の要を担う施設であるがゆえ、どんどんと人間を吐き出したり取り込んだりしている。その様子は実に奇妙なもので、駅を出たり入ったりしていることに関して当事者はなんの疑問を持つことはないだろうが、いざ傍観者になると、巨大施設に多くの人間が出たり入ったりしている様子は人間を機能的動物として存在を際立たせているような気がする。酒が回ってきたのだろうか、いや、結構薄めのキンミヤソーダ割はまだボディに届いていない。食べたいものは未だ届いていないというのに三杯目に突入しているのだが。
 駅から出た人たちは各々の目的地へと歩を進める。その大半はもっさんの前にある横断歩道を利用している。その横断歩道の目の前で僕が酒を飲んで鎮座しているのだが、行き交う人間何人何人かと目が合う。彼ら彼女らはほぼ路上で酒を頬張っている僕をどう思っているのだろうか、憎たらしいのか、それとも羨ましいのか。ならばできるだけ美味しいそうと思わせるような装いで飲むのが礼儀であろう。例えば、このホッピーのナカを割らずに一気飲みするとかね。と考えていると、食べたかったガツ刺しが届いた。驚いたことに、このガツ刺しが本当に美味しく、ゴマ油、塩、生姜、大蒜、白葱で味付けされた豚の胃袋は、程よい食感と旨味の強い肉が絶妙に美味く危うく佐幕派に鞍替えするところでありあした。本当に美味かった。水戸はガツ刺しが美味い。
 水戸駅、横断歩道、ガツ刺しを堪能した後、宮下銀座商店街まで足を運んでみる。ここから本格的に酒をかっ喰らい始め、英国風パブから再度大衆酒場を経由した後、夜の虫という艶やかななのスナックで一服した。散々水戸の人たちと話した後、勝田へと舞い戻った。戻り向かう先はもちろん「天狗鮨 百円均一」。暖簾を潜ると三貫だけなら出せると、お任せで握ってもらった。酒を飲み腐った胃にはちょうど良い食感で、ありがたく頂いた。お代は千円少し超え。ここでも酒を飲んだことは言うまでもない。
 満足し店を出ると、街は夜にとっぷりと浸かっており、冷えた空気が頬を撫でていった。酔いが深くなり機嫌も上向きになった僕は、再度此処に来ることを「ROCK」と銘打っている変なオブジェに近いホテルに戻った。

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