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チョコレートのお城

 チョコレートのお城というのが話題になっているらしい。それはなんだなんだと調べてみると、明治のチョコレート・お菓子を使い荘厳なお城を作ったというニュースだった。すごいなぁ、なんつか根気があるなぁと感嘆を覚えながら眺めていたのだが、なぜだろうか悲しい気持ちが芽生えたのだ。
 なぜ悲しくなったのか。それは、きのこの山というお菓子がものすごく蔑ろにされていたからだ。世間ではきのこの山とたけのこの里を対立させて、争いを囃し立てることが流行っているらしい。その流れで城の作り手である方は、きのこの山をないがしろにしたのであろう。作った方がたけのこの里を好んでいる故に、世間での対立を面白おかしく揶揄するために行ったのであろう。そこまでであれば、なんかやってるなぁで過ごすことが出来たのだが、そうはならなかった。それはなぜか。
 ご存知であると思うのだが、きのこの山・たけのこの里を作っているのは天下の株式会社明治である。その明治が、右に述べたたけのこの里が好きな方が作った、きのこの山を蔑ろにしているお城を「チョコレートには皆を笑顔にする不思議な力があります」と喧伝しているのだ。「Always Have A Googtime With Chocolate」と言っているのだ。
 話は変わるが、僕はきのこの山・たけのこの里、どちらも好きなお菓子だ。どちらも好きであるが故に、両者の諍いに全くの無関心を貫いてきた。だって考えてみてほしい。きのこの山、たけのこの里、どう比べても別のお菓子では無いか。比べるのであれば、もう少し似たようなものを比べると思うのだが、きのこ・たけのこは、クッキーの食感が違う、チョコレートの量が違う、そもそも総合的な按司・食感が違う。これでは、カレーライスとカツ丼、どっちが好きですか?と言われているようなものだ。その問に対して答えを出すことができるのだろうか。いや、僕は出せない。違うものを比べて出した答えなど、意味をなさないからだ。
 それ故に、僕はあの宣伝は好きになれない。好きになれないのだ。きのこ・たけのこ、両者が穏便に暮らし藹々とした中で暮らすことが出来なかったのか、出来なかったと思うのだ。

 …。
 …。
 で、お前はどうしたいってんだい。
 は?
 だから。お前はどうしたいってんだい。俺にこんな話を聞かせてよ。
 いや、僕は嫌だと感じてね…。
 なら、それを喧伝すればいいじゃねぇか。なんだって俺にそんな話を聞かせるんだい。
 いや、だからねぇ、その、あれだしね。
 あれってんだよバッカ。しかし、お前さんの気持ちをわからないことはねぇぜ。
 お、わかるのかい。僕の気持ちを。
 あぁ、わかるさ。はっきりとな。お前さんはあれだろ。今の話を聞いた誰かが何かをしてくれると期待していたんだろう。
 は?な、何を言うんでい。
 いや、隠すこと無いって。俺にはわかっているんだぜ。お前さんが今のようなお涙頂戴の話を捲し立てて、判断力の鈍った人間が「それはいけねぇ」と、奮起して立ち上がることを期待したんだろう。
 ばかやろう、僕は決してそんなことは。
 いいや、あるね。大ありだ。お前は他人の感情を揺さぶっては、他人の怒りに便乗しようとしたのだ。お前は怒りを扇動することを嫌がって、他人にその権利を無理やり押し付けようとしたのだ。
 い、いや、絶対にそんなことはない!ないったらない!
 いや、あるんだよそれが。まぁ、それは置いといて。おもしれぇ話だよな。
 なにが。
 きのこ・たけのこの話さ。まるで社会の縮図じゃねぇか。虐げられる者がいて、虐げる者がいる。この感じが社会を表しているわな。
 ばか言うでねぇ、そんな事あってたまるかい。
 お前こそ寝ぼけてんじゃねぇか。よく見てみろ。虐げられるものは虐げられている様子を面白おかしく映されて、虐げる側は優位を保ったまま何も気にすることなく苦労することなく過ごしている。まさに社会じゃねぇか。
 う、うるさい。もう何も言うな。
 いや、言うね。更に言うと、この分断を取り仕切っているお上がいるじゃないか。わかる?ねぇ、わかる?
 誰だってんだい。
 わかっているくせに。明治、明治に決まっているじゃないか。お上であるとことの明治はきのこ・たけのこの分断はもちろん承知している。承知しているが、解消しようとは一切しない。なぜだかわかるか?
 どういうことだい。
 懐が暖まるからさ!分断が激しくなればなるほど金の動きが激しくなり、大元である明治はどんどん懐が暖かくなる。ならば、分断を無くすどころか、もっと激しくすればするほど財産が膨らんでいくことだろう。今回のお城もその一端というわけさ。
 わかった、もう聞きたくない。
 いや、聞け。聞いたほうがいい。それに、お前さん、自分がなんて言ったか覚えているかい?
 僕がなんて言ったか?別に変なことは言っていないと思うが。
 そうかい、あんたはそんな認識かい。いいかい、あんたは「どちらかを比べる事ができないし、どっちも好き」と言った。ここまではいいかい?
 あぁ、確かにそういう旨の発言はしたかもしれない。
 したんだよ。いいかい、この土地ではどっちかがどっちなんだ。つまり、お前みたいなどっちつかずはすぐにムラハチにされるんだ。だけど、俺とお前の好だ。今回ばかりは見逃してやっからもう二度とそんなこと言うんじゃねぇぜ。
 し、しかし、このままだと分断が。
 うるせぇやい、見逃すってんのにまだやっるてのか。どけ、そこをどきやがれ。そりゃ、張り手。ビターン。
 あぎゃあ。
 
 手のひら。土木を得意とした職人の手のひらが僕の顔を覆う。ゴツゴツとした皮膚が顔の左半分を覆ったかと感じた次の瞬間、鈍痛、鋭痛、衝撃。ぐわんと頭が後ろに吹き飛ばされたかと思おうと、次には新たな痛みが加わっていた。
 不幸にも、箪笥の直角部分に激突し、後頭部に硬い木材が食い込む感覚が伝わった。骨は砕け、肉は裂かれ、生暖かい液体が噴出。身体の末端、つまり手の指先、足の指先がピンとなり数秒後にはピリピリとした感覚が襲う。その様子を眺めていた男は「俺のせいじゃないからな」という言葉を吐き、その場を後にした。
 僕は霞んでいく意識の中で考えていた。本当に、本当にきのこ・たけのこは仲良くすることが出来ないのであろうか。言ってしまえば、たかがお菓子ではないか。たかがお菓子なの分断を生み、争わなければならないのだ。しかし、こんな疑問も彼ら・彼女らの冗談の中に組み込まれて無いものにされていくのだろう。明治のマーケティングに組み込まれてアイテムとして消化されていくのだろう。口惜しい、口惜しいなぁ。
 涙を流そうかと思った。しかし、もう意識を保っていることすら難しい。生暖かい液体はいつの間にか冷たい液体となり、流れ出ることはなくなっていた。
 目を閉じようかとも思った。しかし、閉じることは出来なかった。すでに血液は止まっていたから。
 残るは屍が一人きり。

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