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ショートショート8 『緑の中の白い女神さま』


さぁ、今日がまた始まるぞ。

音楽が流れ始めた。
クラシックだろう、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、フルート、クラリネット、トランペット、トロンボーン…様々な楽器の音色が響いている。

良い香りがする。
苦味のある、この鼻の奥へと抜けるような、香ばしい匂い。
クセになるこの香りは、ずっと嗅いでいても心地が良い。

うぃぃーーんっと、大きな機械を動かしている音がする。
この音が響きだしたら、もうすぐだ。

かちゃっ、と今度は小さい音がした。

「いらっしゃいませ!おはようございます。」

さぁ、今日が始まった。



来た。
開店ちょうど、朝の9時に毎回一番乗りでここを訪れる男。

見た目は30代半ばぐらいだろうか、今日もラフな格好で、ジーパンに白のTシャツ、そして白のスニーカーに、黒のビジネスバックを背負っている。
あのバックの形からして、中にはパソコンを持ち歩いているの明らかだ。

今日も彼は、真ん中のサイズのホットコーヒーを頼むのだろう。
なんせ、二杯目のコーヒーが安く飲める、長居にはもってこいだ。

「いつもの。ホットコーヒーひとつ」

ほら、やっぱり。

今日も一日頑張ってください。


「いらっしゃいませ!おはようございます。」

お次は、男の子で、高校生ぐらいだろうか。

白の大きなキャンパストートバックにぎっしり教材が詰め込まれている。

ひとつだけ飛び出して突き抜けに大きな本には「大学受験生必読 世界史図録」、そうデカデカと書かれている。

んー、見た限り彼も、ここに長い間するつもりだろう。もしかしたら閉店までいてくれるかもしれない。そうなると長期戦だが…


一番小さいホットのココア。

「えぇーと、あの、これ。ココアの、一番小さいやつで。」

やはり。

受験頑張ってね。



「いらっしゃいませ、こんにちは。」

次は、主婦の方たちだろうか。3人組だ。


楽しそうにおしゃべりしながら入ってきた。肩にはテニスラケットが一本収まる黒のケースを抱えている。

朝からテニススクールに行き、その帰りにふらっと、仲の良い3人組でお茶でもしようとなったのだろう。

顔見知りのお客さんでも無いので、ここを気に入ってくれるといいけど。


あの赤とピンクのテニスウエアを着ているお二人は、キャラメルマキアート。

黒い長袖のスポーツシャツを着ているもう一人の方は、アイスのチャイティーラテ。

「ここで飲んでゆきたいんだけどいいかしら、えぇーとねぇー、これ、このきゃらめるまきあとを二つと、ホットでね。
あとー、ちゃいティーらてをひとつちょうだい、あっこっちはアイスでね。
全部一番小さいのではいいわ。」


これからお昼ご飯の準備でもあるのだろうか、

いつまでお元気で、またお待ちしております。



「いらっしゃいませ、こんにちは。」

お次は、女子高校生二人組か。

ドアを開けるとその空気圧でスカートがひらりと翻る。すらっとした足がなんの躊躇いもなく、レジへと向かって行った。

彼女らは、きっと、フラペチーノだ。
とびっきりの甘いやつ。

抹茶クリームとキャラメル。

「抹茶クリームフラペチーノひとつと、キャラメルフラペチーノひとつください。」

当たり。その甘い飲み物を飲みながら、甘酸っぱい恋話や、さして甘く無い日常生活について、これから盛り上がるのか。


青春、いいなぁ。



「いらっしゃいませ、こんばんは。」

大学生のカップルだろうか。

男の子は全身黒の服装で覆われている。首元からはシルバーのネックレス、耳元には小さなピアスをしている。

女の子はボーイッシュなサバサバしたような感じに見える。シンプルなパンツスタイル、アクセサリーなどは付けておらず、着飾らないナチュラルメイクがとても素敵だ。

男はきっと、ブラックコーヒー。

女の子は、なんだろう。なかなか予想しにくい難問だ。


キャラメルスチーマか、いやソイラテもあるかもしれない。

このタイプの女の子は難しい。

ドリップコーヒーを頼むカッコいい女性かもしれないし、見た目はサバサバクールビューティの子が甘い飲み物を頼んでいるのも可愛い。

「えぇーと、俺はブラックコーヒーのSサイズひとつ。
私はホワイトモカをひとつ、小さいやつで」


ホワイトモカ!

一番甘いやつ、可愛い、そっちのタイプか。

学校帰りに待ち合わせでもしてきたのだろうか。


末長くお幸せに。



「いらっしゃいませ、こんばんは。」

20代半ばから後半ぐらいだろう、セットアップの黒いレディースジャケットとパンツを綺麗に着こなしている。

髪の毛は明るめでロング、自信と少しの疲れをのぞかせるその瞳は、仕事ができるOLもしくはキャリアウーマンというに相応しい。

まずは席を確保して、そこに荷物を置いて。カバンからカバーがかかっている文庫本を取り出し、机の上に置くと、かっかっと、音を鳴らしながらレジへ向かってきた。


彼女は、ラテ。

「グランデでホットのラテをひとつ。バニラシロップを追加で、あとエクストラホットでお願いします。」


カスタマイズしてきたか。

今日も1日お疲れ様です。




お客さんのことなら、なんだってわかる。


だって、このお店が始まった時からここで、ずっとこうしてみてきたから。

服装や髪型、雰囲気や表情なんかで、何を注文するかなんて一目でわかる。


ご来店ありがとうございます。
またお待ちしております。



今日もお疲れ様でした。

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