ショートショート8 『緑の中の白い女神さま』
さぁ、今日がまた始まるぞ。
音楽が流れ始めた。
クラシックだろう、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、フルート、クラリネット、トランペット、トロンボーン…様々な楽器の音色が響いている。
良い香りがする。
苦味のある、この鼻の奥へと抜けるような、香ばしい匂い。
クセになるこの香りは、ずっと嗅いでいても心地が良い。
うぃぃーーんっと、大きな機械を動かしている音がする。
この音が響きだしたら、もうすぐだ。
かちゃっ、と今度は小さい音がした。
「いらっしゃいませ!おはようございます。」
さぁ、今日が始まった。
*
来た。
開店ちょうど、朝の9時に毎回一番乗りでここを訪れる男。
見た目は30代半ばぐらいだろうか、今日もラフな格好で、ジーパンに白のTシャツ、そして白のスニーカーに、黒のビジネスバックを背負っている。
あのバックの形からして、中にはパソコンを持ち歩いているの明らかだ。
今日も彼は、真ん中のサイズのホットコーヒーを頼むのだろう。
なんせ、二杯目のコーヒーが安く飲める、長居にはもってこいだ。
「いつもの。ホットコーヒーひとつ」
ほら、やっぱり。
今日も一日頑張ってください。
「いらっしゃいませ!おはようございます。」
お次は、男の子で、高校生ぐらいだろうか。
白の大きなキャンパストートバックにぎっしり教材が詰め込まれている。
ひとつだけ飛び出して突き抜けに大きな本には「大学受験生必読 世界史図録」、そうデカデカと書かれている。
んー、見た限り彼も、ここに長い間するつもりだろう。もしかしたら閉店までいてくれるかもしれない。そうなると長期戦だが…
一番小さいホットのココア。
「えぇーと、あの、これ。ココアの、一番小さいやつで。」
やはり。
受験頑張ってね。
*
「いらっしゃいませ、こんにちは。」
次は、主婦の方たちだろうか。3人組だ。
楽しそうにおしゃべりしながら入ってきた。肩にはテニスラケットが一本収まる黒のケースを抱えている。
朝からテニススクールに行き、その帰りにふらっと、仲の良い3人組でお茶でもしようとなったのだろう。
顔見知りのお客さんでも無いので、ここを気に入ってくれるといいけど。
あの赤とピンクのテニスウエアを着ているお二人は、キャラメルマキアート。
黒い長袖のスポーツシャツを着ているもう一人の方は、アイスのチャイティーラテ。
「ここで飲んでゆきたいんだけどいいかしら、えぇーとねぇー、これ、このきゃらめるまきあとを二つと、ホットでね。
あとー、ちゃいティーらてをひとつちょうだい、あっこっちはアイスでね。
全部一番小さいのではいいわ。」
これからお昼ご飯の準備でもあるのだろうか、
いつまでお元気で、またお待ちしております。
「いらっしゃいませ、こんにちは。」
お次は、女子高校生二人組か。
ドアを開けるとその空気圧でスカートがひらりと翻る。すらっとした足がなんの躊躇いもなく、レジへと向かって行った。
彼女らは、きっと、フラペチーノだ。
とびっきりの甘いやつ。
抹茶クリームとキャラメル。
「抹茶クリームフラペチーノひとつと、キャラメルフラペチーノひとつください。」
当たり。その甘い飲み物を飲みながら、甘酸っぱい恋話や、さして甘く無い日常生活について、これから盛り上がるのか。
青春、いいなぁ。
*
「いらっしゃいませ、こんばんは。」
大学生のカップルだろうか。
男の子は全身黒の服装で覆われている。首元からはシルバーのネックレス、耳元には小さなピアスをしている。
女の子はボーイッシュなサバサバしたような感じに見える。シンプルなパンツスタイル、アクセサリーなどは付けておらず、着飾らないナチュラルメイクがとても素敵だ。
男はきっと、ブラックコーヒー。
女の子は、なんだろう。なかなか予想しにくい難問だ。
キャラメルスチーマか、いやソイラテもあるかもしれない。
このタイプの女の子は難しい。
ドリップコーヒーを頼むカッコいい女性かもしれないし、見た目はサバサバクールビューティの子が甘い飲み物を頼んでいるのも可愛い。
「えぇーと、俺はブラックコーヒーのSサイズひとつ。
私はホワイトモカをひとつ、小さいやつで」
ホワイトモカ!
一番甘いやつ、可愛い、そっちのタイプか。
学校帰りに待ち合わせでもしてきたのだろうか。
末長くお幸せに。
「いらっしゃいませ、こんばんは。」
20代半ばから後半ぐらいだろう、セットアップの黒いレディースジャケットとパンツを綺麗に着こなしている。
髪の毛は明るめでロング、自信と少しの疲れをのぞかせるその瞳は、仕事ができるOLもしくはキャリアウーマンというに相応しい。
まずは席を確保して、そこに荷物を置いて。カバンからカバーがかかっている文庫本を取り出し、机の上に置くと、かっかっと、音を鳴らしながらレジへ向かってきた。
彼女は、ラテ。
「グランデでホットのラテをひとつ。バニラシロップを追加で、あとエクストラホットでお願いします。」
カスタマイズしてきたか。
今日も1日お疲れ様です。
お客さんのことなら、なんだってわかる。
だって、このお店が始まった時からここで、ずっとこうしてみてきたから。
服装や髪型、雰囲気や表情なんかで、何を注文するかなんて一目でわかる。
ご来店ありがとうございます。
またお待ちしております。
今日もお疲れ様でした。
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