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特に役立たない日記的なnoteを書くメリット

昨年の7月ごろからnoteに書く日記の頻度を上げている。

僕の中での日記とは、誰かに役に立つことを意識したものではなく、単純に自分が感じていることや面白いと思ったことを書くもの。

例えばこんな感じ▼▼▼

何の役にも立たない記事たちである。

僕は情報発信によって集客、仕事につなげるようなスタイルで働いてるので基本的には、役に立つ記事を書いた方が仕事にはつながる。

それでも、あえて日記的なnoteを書くのだ。

なぜ、日記的なnoteを書くのか?

日記的なnoteを書くことにはいくつかメリットがある。

1つ目は人柄を知ってもらえること。

お役立ちに特化した記事だと、アクセスは伸びやすいが、人柄が伝わりにくい。

逆に日記的な記事はお役立ち記事ほどアクセス数は伸びないが、見てもらえた方には人柄を知ってもらうことができる。すでに僕のことを知ってる人に見てもらったとしたらもっと僕のことを知ってもらえる。僕が書いたnoteのネタで話が盛り上がったり、仕事の話につながることもある。

2つ目はセラピー的な効果があること。

自分の中のモヤモヤを文章として書くことで、ある程度整理がついて、モヤモヤを消化することができる。

例えばこの記事とか。

なんとなくモヤモヤしてるだけだと、考えがまとまらずにずっとモヤモヤが残ってしまうが、文章として書き出すことでモヤモヤが整理されて心が軽くなる。

この2つは地味なメリットとして効果を実感している。ただ、あくまでもこれは副次的な効果で、一番のメリットではない。

最大のメリット:自分を知れること

「自分のことは自分じゃよく分からない」と言われるが本当にその通りだと思う。

自己分析や振り返りなどである程度、自分のことをは理解できるが、完全ではない。特に自己分析や振り返りはこれまでの自分自身の性格やパターンを分析するものが多いので、大雑把になりがちである。

それに対して、日記の場合、その時々で考えていることや感じていることを言語化できて、詳細に自分の状態を把握できる。また、後から振り返ることで詳細に自分の傾向が掴めてくる。

・自分がどんな考えを持っているのか?
・どんな物事の見方をしているのか?
・どんなときに、何に対して心が動くのか?
・どんな言葉を使うのか?
・価値判断の基準は何か?
・何を大事にしているのか?
・何を願っているのか?

など、自分の生き様、世界観が見えてくるのだ。

そして、この生き様、世界観を理解することで、これからの活動の方向性や何を大事にしたいのかが見えてくることにもなる。

・自分を変えたいところがあれば変えていく
・嫌な思考、行動の癖をヤメる
・快・不快をはっきり判断して、不快なものから距離を置いていく
・大事にしたいものをより大事にできるようになる
・願いに対して真剣に向き合うようになる

などなど。

仕事の成果や収益に直結するものではないが、人生の豊かさには直結するものだと感じている。特に僕が日記的なnoteを書き始めた頃のように、仕事に奔走していたり、日常に忙殺されている方にはとても有効だと思う。

日記的なnote、おすすめです。

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