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「毒の贈り物」? ~ ドイツ語とスウェーデン語のGiftの話

こんにちは。スイスラボの言語学者 Yamayoyam です。
今日はスウェーデンで出会った言葉 gift にまつわる小咄をしようと思います。

ドイツ語・スウェーデン語の Gift の意味深な意味

「Gift」(ギフト)はとても面白い言葉です。スウェーデン語、ドイツ語、英語で綴りが同じ。スウェーデン語(イフト)を除いて、発音も似たようなもの。でも意味にだいぶ意味深な違いがあるのです。英語ではもちろん「贈り物」という意味ですね。でも、ドイツ語では「毒」。スウェーデン語ではなんと「毒」と「結婚」の両義語。こういう小咄のネタにぴったりな単語でございます。

実際、スウェーデン語 gift の「毒」と「結婚」の両義性はしばしば咄のネタになります。ストックホルム大学で博士課程を始めて間もないころ、フィーカというコーヒー休憩の時に、スウェーデン語学習を始めたばかりの人たちに揶揄されたりしてました。何やら不穏な、でも場合によっては何とも言い得て妙な両義性ではないか、と。でも、このマガジンの趣旨としては、やっぱり歴史言語学のほうに無理やりこじつけていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

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さて、ドイツ語 Gift は「毒」という意味だと書きましたが、現実はもうちょっとややこしいです。中性名詞「das Gift」として使われると確かに「毒」という意味なのですが、女性名詞「die Gift」の用法も昔はありました。その場合は英語と同様に「贈り物」でした。今では「die Brautgift, die Mitgift(結婚持参金)」といった合成語でしかこの意味は発揮されません。単独では専ら「das Gift(毒)」です。

まとめると、昔は女性名詞「贈り物」としての用法もあったけど、「毒」としては文法性が中性で、しかも昔の「贈り物」に直接由来する意味は合成語だけに残っている・・・。もうこのあたりで中性名詞としての「毒」が比較的最近の用法なんじゃないかと思えてくるのですが、もう少し関連する単語や語源を見てみましょうか。

北ゲルマン諸語(スウェーデン語、ノルウェー語、デンマーク語、アイスランド語)での「gift」関連の単語を見てみると面白いことに、アイスランド語の gipt のみ「贈り物、才能、結婚式」などの意味のみで、「毒」の意味がありません。

Giftの語源を語源辞典で調べてみよう

ここで「gift」関連の語源を Kluge(編)の語源辞典(※1)で調べると、これら一連の名詞・形容詞は、動詞 give にあたる動詞(独 geben, スウェーデン語 ge、ゲルマン祖語 *geban- ※2)から作られた「ti-語幹の行為名詞」で、ゲルマン祖語に*gef-ti- として再建される女性名詞に遡る、と出てきます。行為名詞 *gefti- は北ゲルマン諸語の中でもスウェーデン語・ノルウェー語で 「結婚、結婚披露宴」という意味の gefte となりました。*gefti- の派生元になった動詞 *geban- は北ゲルマン諸語で特に「娘を嫁として与える、嫁に出す」というという文脈で使われることが多かったのかもしれません。ゲルマン語含む印欧語族の祖語の話者たちはバリバリの家父長制のもとで生活していたと言われているので、さもありなん。

もう一冊、Orel 編の語源辞典(※3)を引くと、行為名詞 *gefti- から更に、「娘を嫁として与える、嫁に出す」という意味に特化した動詞「*geftjan-」も作られたそうです。なので、現在でも動詞(スウェーデン語 gifta, デンマーク語・ノルウェー語 gifte)には「結婚する」という意味があります。この動詞の過去分詞由来の形容詞 gift が、フィーカでネタにされてた「結婚している」という意味のgift だったというわけですね。

というわけで、*gefti- の行為名詞としての元々の意味は「与えること」、そこから「贈り物」とか「結婚、結婚持参金」という意味がでてきた。他方で、スウェーデン語(やノルウェー語の)の gift「結婚している」は、行為名詞 *gefti- から作られた動詞「*geftjan- (結婚する)」の過去分詞由来と考えるのが妥当そうです。つまり、gift は *gefti- の直接の後継者ではないということですね。

こうなるとますますドイツ語の中性 das Gift がなんで「毒」なんて物騒な意味を得たのか気になります。

Gift 「投与・調合」から「毒」へ

ここで、もっと踏み込んだ論文を語源辞典で引用されてた文献から探し出してきて参照してみました。不運にもイタリア語論文・・・。イタリア語がちゃんと読めてるか自信ゼロだけど、頑張ってみると・・・やっぱり!「毒」は11世紀に古高ドイツ語で出現した Gift の用法で、それまでは毒といえば「eiter(動物性の毒)」「luppi(植物性の毒)」の二つが使われていたのだそう。動物由来とか植物由来とか関係なく「害を与える目的で盛る危険ブツ」という意味で Gift が11世紀に使われ始めました。恐らく「(魔法を使って)調合する」タイプのという意味で、ラテン語の venenum 「毒」の訳出に充てられたそうです。「*gefti(与えること)」が「投与→調合すること」という意味を帯びて「調合して作った毒」という意味で使われるようになった、といいます。毒のクオリティがアップしちゃったのですね・・・。それって、毒殺がポピュラーになったってこと?

上記の論文はその点には触れませんが、eiter, luppi, gift がそれぞれの意味を保ちながら暫くは鼎立していたけれど、eiter とluppi は中世を通して徐々に使われなくなったといいます。植物や動物から抽出して作る、プリミティブなタイプの毒を思わせる eiter や luppi よりも、もっと最新の技術(といっても、魔法らしいけど)を駆使して様々な材料を調合して作る「毒」をイメージさせる gift の方が好まれたんだそうです。確かにそのほうが強力そう。それが北ゲルマン諸語にも16世紀から広がったので、スウェーデン語でも『毒』という意味があるのですね。ところがアイスランド語のみ「毒」の意味が無いのは、「毒」の Giftをドイツ語から受け取らなかったから。

結び

もともとは「与えること、贈与」くらいの意味しかなかった *gefti-。それがいくつかの特殊な文脈に限定された意味を発達させて「結婚」、ドイツ語では更に「毒」を意味するようになりました。おまけに「結婚する」という新しい動詞 *geftjan- までできました。スウェーデン語では、この *geftjan- の過去分詞由来の形容詞「gift(結婚している)」とドイツ語からもらった「gift(毒)」が同じ形だったので、gift が奇しくも「結婚している」と「毒」の両義語になってしまったというお話でした。決して先人たちが結婚についてブラックジョークを言っていたという話ではありませんよ。

9年ほど前のとある日のフィーカで「Giftって毒のプレゼントってこと?昔のスウェーデン人は結婚がそんなにこわかったの?」なんて言い合ってヘラヘラ笑っていたあの頃を懐かしく思い出します。あの頃はこんなに真面目に「gift」の歴史を調べた研究があるとは思いもよりませんでした。「誰か物好きが調べたかもね」とか軽口を叩いていたような。このブログをきっかけに調べてみて面白かったです。

終わりまで読んでくださったみなさんにも楽しめていただけたら幸いです。

スイスラボの言語学者
Yamayoyam

※1 Kluge-Seebold(編)Etymologisches Wörterbuch der deutschen Sprache. (de Gruyter, 2002) を参照しました。
※2 歴史言語学では、実際にはその存在を確認できないけれども、理論的に再建される言語形式の前には、アスタリスク(*)を付けます。
※3 Vladimir Orel(編)A handbook of Germanic etymology. (Brill, 2003) を参照しましたが、ゲルマン祖語の祖形の再建の仕方がユニークなので、Guus Kroonen(編)Eyumological dictionary of Proto-Germanic. (Brill, 2013) も補助として参照しました。


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