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他人にしてもらうと気持ちいいのはなんでかね

「へぇ、ここから入ってこんな奥まで触れるもんなんだね。ほらこことか、すごい」
頭上から笑みを含んだ声が響く。
目は覆われている。何も見えないままベッドに横たわっている私は、侵入してくる先生の指のうごめく感触に意識が集中してしまう。
「うううぅ・・・」
痛みとも快感ともつかない感覚にうめき声をあげるのが精一杯だった。
おもむろに別の場所から新しい指が、深く、入ってきた・・
!!!
あまりのことにクラリと頭が混乱する。
言いようのない感触。
何を・・・
自分がどんな事をされているのかわからない・・・
戸惑う私を尻目に先生が愉快そうに言う。
「すごい。指が中で、こっち側の指に触れそうだよ、ほら、ね」

「・・そ・・んなの・・無理に決まって・るじゃないですかっ・・・!」
喘ぐようにそれだけを絞り出した私に、先生はやっぱり笑みを含んだ声で「よし、終わり。じゃ、反対側も同じことしてみよう」と言った。

・・・えっ!もう一度これと同じことを!?

絶望にも似た期待感・・・覚悟を決めた私は深く息を吸った。

無駄にアダルッティックに始めてみましたww
FB担当のじゅんじゅんです。

これは前回に引き続き、ウレシカ整体の八田先生による、
私の肩コリへの施術の話を元にしたパロディですww
肩甲骨の裏側、肋骨との隙間対して、首側と脇の下側の両側から同時に施術されたという・・・
相当うめいて、なんなら軽い敵意を感じましたがwwこのあと羽ばたけるんじゃないかと思うくらい軽くなりました。

もちろん実際の整体は、ウレシカさんにしろSwimmyにしろ
アダルティな要素は皆無です。あしからず

もし、「整体ってそーなん!?」と驚いた方や、期待した方がいたらごめんちゃいww
むしろ整体はヤル気ゼロスイッチとして作用し、ぼへ〜っとなることが多いかも😅

今回は先日のぎっくり首の後日談を踏まえつつ、他人から整体をしてもらうことの意味について持論を書いてみようと思います。

さて、前回首が回るようになったのは良かったんですが、咳はまだ続いていて腹筋の疲れはすぐ溜まる状態でして。
おヘソを中心に硬いシコリがボールみたいに入ってる感じ。
そして、肩甲骨の裏あたりが冷たくて重い。
腕はグルグル回せるし、生活に支障はないんですが、そこは整体を生業にしている者として「使いづらい身体」に我慢ならない。
仕上げをしてもらいに行ってきました。

自分でも寝る前なんかにお腹とかほぐしますが・・・
皆さん!筋肉って体重を使って圧迫をかけないと上手くほぐれないんです!(力説するけど持論)
ましてや、肩甲骨の裏側に指を両側から入れるなんてまず無理。

そして何より、自分の指圧では「イタ気持ちい〜」って感覚にならないんです!不思議!!
他の人にきちんと筋肉の硬いポイントを押してもらった時だけ「そこだ〜!うわー痛〜い!でも気持ちいい〜」って感覚になるんです。

つまり!人類は人にケアされた時だけ働く「イタ気持ちいいセンサー」を、長い歴史の中でわざわざ獲得したってことなんです。たぶん・・・

何故か。

それは、コミュニティ形成を円滑に行うための仕掛けなんじゃあないのか!?と私は考えてます。

どういうことか。
ヒトは生き物としてみると、とても脆弱なんですね。飛べないし、速く走れないし、爪も牙もない、堅い皮膚や大きな体もない。
だから、社会性を身につけてコミュニティを形成することで生き延びるという戦略を取ったのだそうです。アドラー曰く。
その際、より身体が重要だったであろう昔の人類は、言葉の発達より先に身体的コミュニケーションを取ったんじゃないだろうかと・・・猿のノミ取り的なね。
そのためには「誰か私の体押して〜」っていう欲求が必要だったんじゃないすかね?
だから、「人に押されるとイタ気持ち良くて、筋肉が緩む」というシステムを導入したという・・・

だから、セルフケアではゆるむけど気持ち良さは感じられないし、ものすごく古い時代から、あん摩さんのような「人の身体を触る仕事」が成り立っていて、現代でも無くならないのでは?
と思うようになった2019年。

以前は、筋肉を緩めるために痛みを伴うことに引け目に感じていたこともありましたが、これからは胸を張ってイタ気持ちいいを目指していこうと思いますww
そんなわけで、Swimmy整体を受けた時に、痛くてうめき声をあげてるのに「痛いですよね❤️」と言うだけでやめてくれなくても怒っちゃやーよww😀

相変わらずの長文すんません。

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