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自転車のヘルメット着用義務化にみる交通安全の難しさ

2023年4月1日より道路交通法が改正され、自転車に乗る時にヘルメットを着用することが義務付けられました。ヘルメット着用が義務化された背景と義務化することでどうなるのか、また企業はどのように対処すべきなのかまとめます。

ヘルメット着用義務化の内容は?

まず最初に、「ヘルメット着用の義務化」で何がどう変わったのか見ていきましょう。今回変更になったのは道路交通法で、「自転車の運転者等の遵守事項」が追加されました。以下に引用しますので、目を通してください。

(自転車の運転者等の遵守事項)
第六十三条の十一 自転車の運転者は、乗車用ヘルメットをかぶるよう努めなければならない。
2 自転車の運転者は、他人を当該自転車に乗車させるときは、当該他人に乗車用ヘルメットをかぶらせるよう努めなければならない。
3 児童又は幼児を保護する責任のある者は、児童又は幼児が自転車を運転するときは、当該児童又は幼児に乗車用ヘルメットをかぶらせるよう努めなければならない。

道路交通法 e-Gov法令検索

ニュースなどでもたびたび「努力義務」ということが挙げられていますが、条文でも「努めなければならない」として、罰則規定も特に設けられていません。

ヘルメット着用義務化の背景

ヘルメット着用義務化の背景として、①交通事故全体に占める自転車事故の割合があがったこと②ヘルメット着用と非着用でその死亡率に有意な差が認められたことの2点が挙げられます。以下にその内容を引用します。

自転車事故の全交通事故に占める割合が高くなってきています。
1975年が最低で15.8%ですが、その後1994年までは、ほぼ17%台で推移していましたが、以後2001年まで18%台、2002年の19.0%から2008年の21.22%のピークまで上昇傾向が見られます。すなわち、1975年から2008年までは徐々に自転車事故の全体に占める割合が高くなってきています。し かし、以後の2009年の21.21%から2016年18.2%までは一貫して減少傾向にあります。これは 2007年に国の定めた自転車安全利用五則(自転車は車道が原則、歩道は例外など)が浸透し始めた2009年ごろから、その効果が少しずつ現れたことも原因の一つかと考えられます。しかし、2017 年を境にして今までないくらいその割合が急激に上昇し、2020年には1975年以来最高の 21.9%の割合に達しています(2017年 19.1%、2018年19.9%、2019年21.1%、2020年21.9%)。これは、最大の相手方である自動車の衝突防止装置の普及その他の安全対策の向上で、自動車との事故が2009年以来84-85%の水準であったのが、2019年には82%、2020年には80%と減少してきていることが要因の1つと考えられます。

過去 45 年で最少となった 2020 年の自転車事故の件数

自転車乗用中の死者・重傷者数(第1・第2当事者)のうち,自転車対自動車の事故によるものは約8割(令和2年79.4%)を占める。自転車対自動車の事故を事故類型別にみると,出会い頭衝突が55%(令和2年)を占めている。
~中略~
ヘルメット非着用の自転車乗用中死者の損傷主部位別の割合をみると,半数以上(56%)が頭部損傷によるものであり,負傷者の損傷主部位別の割合と比較すると,頭部損傷の割合が顕著であることが明らかである。このことからも頭部を保護するヘルメットを着用することの重要性が明確となっている。ヘルメット着用状況別の致死率を比較しても着用した場合に比べ非着用は致死率が約3倍となっている。

令和3年交通安全白書

自動車(4輪車)の自動ブレーキシステムが新車で義務化されたり、事業者におけるアルコールチェックが義務化されるなど自動車事故の件数は大きく減りました。それに対し件数の減少がみられない自転車事故の比率があがってしまうことは、いわば自然の流れといえます。そこにメスが入った形となっています。

ヘルメットの役割と効果

ヘルメットをかぶった場合、事故を起こしても死亡事故を防げるかというとそういうわけでもありません。日本ヘルメット工業会が、工業用ヘルメットでどのくらいの衝撃が緩和できるか記載していましたので、以下に引用します。

保護帽を被らずに、国家規格の試験(質量5kgの物体を1mの高さから落下)を行ったらどうなるでしょう?この時頭にかかる衝撃は、なんと39kN~49kN(キロニュートン)にも達します。
 過去の研究により、人間の致死域は約19kNとされています。 保護帽を着用することにより、頭部に受ける衝撃を約1/10以下にまで軽減できるのです。
~中略~
たった50cmの高さから鉄板の上に転倒した時の衝撃荷重を計測すると、保護帽なしでは17kNにもなります。この衝撃は脳しんとうを超えて頭蓋骨骨折を引き起こすほどの値です。

ヘルメットの重要性について

5kgの物体を1m落下させた場合、重力加速度を加味しておおよそ時速16kmに相当します。一方でママチャリの平均的な速度が15kmと言われています。速度だけで一概に比較できるわけではありませんが、頭部から突っ込んでしまった場合、転倒しなくても命を落とすリスクがあります。
その衝撃を1/10に和らげることができると言われれば、ヘルメットの重要性が理解できると思います。

また、法改正がこの記事を書くきっかけとなったように、多くの人の意識を自転車の事故の危険性に向けることができました。最近では少なくなりましたが法施行前はテレビでも大々的に取り上げており多くの人の交通安全意識の向上に役に立ちました。

努力義務にとどまった理由

さて、自転車事故の際に高確率で死亡事故が防げるのであれば、なぜ努力義務ではなく強制適用にしなかったのでしょうか?
これはイギリスでの世論になりますが、ヘルメットの強制を行うことで自転車利用者が減ることを懸念した声も多いようです。また、車との衝突事故を考えた際に、命を守る保証が得られないこともヘルメット着用に対して強硬的な姿勢を打ち出せない原因として挙げられるのではないでしょうか?

ヘルメットについては以前から議論がある。反対派は、「自転車のヘルメット着用は安全対策の効果がないばかりか、自転車に乗ることを思いとどまらせたり、サイクリングをリスクの高い活動と思わせたりするもの」と主張している。
~中略~
一般に求められるヘルメットの役割は、走行中の車に衝突された際に、頭を守ることだろう。しかし製造者サイドは、自転車用ヘルメットは「頭の高さから地面に地面まで落下する」ことに備えた設計であり、ハイスピードの車による衝突で跳ね飛ばされたときに「頭を保護するものではない」ことを強調している(2022年12月21日付『米国版フォーブス』)。

日本と大違い! 英国でヘルメット「努力義務化」の声が上がらないワケ

確かにバイクのヘルメットと比べて、自転車のヘルメットは軽さもさることながら硬度の面でも疑問を感じてしまうことがあります。勢いよくぶつかればヘルメットが割れるんだろうな・・・また路上を滑ればバイク用ヘルメットは無事でも自転車用ヘルメットは削れて壊れるではないかと感じることもあります。
ヘルメットの着用がどうというよりも、自転車専用レーンの拡充による事故の起きない街づくりが優先されるように感じます。

法改正に見る交通安全の難しさ

個人的な見解ですが、今回のヘルメット着用義務化により議論を起こすことが目的だったのではと考えてしまいます。
今回の法改正を機に、多くの警察がPR活動を活性化させています。

 今月から自転車に乗る時のヘルメット着用が努力義務となり、京都府警向日町署は地域で着用を呼びかける「メットリーダー」に高校生や高齢者らを任命した。メットリーダーとなった高校生らは、向日市上植野町の同署の前で啓発活動を行った。

「転倒時、ヘルメットが命を守る」自転車の着用努力義務化で高校生らPR

また、遺族会や交通事故被害者の会なども多く声をあげており、悲惨な事故を繰り返さないように望まれています。

自転車通学をしていた大地さんは、学校からの帰宅途中、横断歩道を渡っていたところ、トラックにはねられました。その時、大地さんはヘルメットをかぶっていませんでした。
渡邉明弘さん「大地は高校に上がって自転車を購入するときに『ヘルメットを買おうかな』と言っていた。あの時に『欲しいんだったら買おうか』と言ってあげてたら今どうなっていたんだろうとどうしても考えてしまう」
「もう誰にも自分のような後悔をしてほしくない」
事故後、渡邉さんは愛媛県内の学校でヘルメットの大切さを訴える講演活動を続けてきました。
そこで渡邉さんが問いかけるのは、「ヘルメットの価格が6000円というのは高いのか」ということです。
渡邉明弘さん「6000円ぐらいのことをケチって自分の命がもし無くなったとしたら、じゃああなたの命は6000円より安かったんですかと。そういう想像をして、ヘルメットをかぶるモチベーションにしてもらいたい」
事故の翌年、愛媛県の県立高校では通学時のヘルメット着用が義務化となりました。いまでも多くの生徒がヘルメットをかぶっています。

「あなたの命は6000円より安かったんですか?」息子亡くした男性伝える“ヘルメット”の大切さ

法令が立て続けに改正され、自転車の賠償責任保険加入や、ヘルメット着用などが義務化されました。
誰でも手軽に乗れる自転車ですが、実は多くの危険をはらんでいます。そのことを認識させることも難しく(たいていの人は情報発信しても耳を傾けない)、本当に免許制度が必要なのではないかと考えてしまいます。
免許制度とするには事故の被害規模が小さい(法律による自転車に乗る権利を侵害するには得られる公益が少なすぎる)こともあり、道路交通法のみを盾に強硬的な姿勢を通すのは難しい事でしょう。
自転車に対する赤切符の発行を増やしている記事を目にする機会が増えていますので、行政側も本格的にテコ入れを考えているように見受けられます。

ただただ、「自分と周りの人に配慮した運転をしましょう」というはなしだけで済むのですが、徹底させることは難しいでしょう。
今後も自転車関連法案はどんどん厳しく、そして複雑化していくものと思われます。
続報があればまたノートを書く予定です。

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