あじさい寺の約束
梅雨空の下、ウサギとカメの目の前には、曲がりくねった急坂が続いていた。覚悟を決めて足を踏み出すと、道の両側に咲く紫陽花の花が目を引いた。それはまるで二人をあじさい寺へと誘うように咲いていた。
やがて、右手にこんもりとした緑の丘が見えてきた。そこは、あじさい寺と呼ばれている天台宗長尾山妙楽寺だった。
本堂や鐘楼堂が、色とりどりの紫陽花に優しく囲まれていた。境内には28種約1000株もの紫陽花が植えられているという。
「お寺に紫陽花が良く似合うのは、どうしてだろうね?」カメは起伏に富んだ境内を眺めながら、ぽつりと呟いた。
ウサギはその問いに耳を傾け、一瞬考え込むように目を細めた。そして、ふと微笑みを浮かべた。
「紫陽花って、雨の日にも綺麗に咲くじゃない?お寺の静かな雰囲気とその凛とした姿がうまく調和するんじゃないかしら」
二人は時間を忘れて、今この季節を楽しんだ。紫陽花の美しさとお寺の静けさが、心にそっと安らぎをもたらしてくれていた。
二人は妙楽寺に別れを告げると、急な坂道を今度は下り始めた。どこか行きの時とは違って、帰り道は妙に短く感じられた。二人の間には、言葉にならない何かが流れ、心の中で何かが動いていた。
「来年もこの景色を一緒に見たいね」
カメがぽつりと言った。その声には、わずかに名残惜しさが混じっていた。
ウサギは足を止め、ふと振り返った。カメの穏やかな瞳が彼女を見つめ返していた。
「うん、必ずまた来ようね」
ウサギは優しく微笑んだ。その笑顔には確かな約束が込められていた。
道端の紫陽花が二人をそっと見守っていた
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