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おおきな木

その日、ウサギは足元に視線を落としながらカフェに辿り着いた。ひとつ小さく息を吐くと、何かを吹っ切るようにドアを開けた。店の奥で本に視線を送っているカメの姿を見つけると、彼女は少しだけ笑みを浮かべた。

カメの前に座ったウサギは、しばらくの間、ページをめくるカメの指を見ていた。やがて「優しい気持ちになれる絵本が読みたいわ」と独り言のように呟いた。彼はゆっくりと視線を上げると、ウサギの瞳を見つめた。

カメは読んでいた本を静かに閉じると、一冊の本をリュックから取り出した。ウサギが手渡されたのは「おおきな木」という絵本。シェル・シルヴァスタインが描く、ひとりの少年と、一本の木の物語だった。

「原題の『The Giving Tree』の方が、僕にはしっくりくるタイトルだけどね。すぐに読めるし、よかったら読んでみて」。そう言うと、カメは紅茶を求めて店内に姿を消した。

ウサギは静かにその緑色の表紙を開いた。物語は少年と木の、シンプルでありながら深い絆を描いていた。時が流れ、少年が変わっていっても、木はひたすら少年を想う。その純粋な愛に、彼女の心は静かに揺さぶられた。読み終えたウサギは、まだ感情の整理がつかないまま、ゆっくりと本を閉じた。

読み終えるのを待っていたかのように、その時、カメが戻ってきた。そして彼女の目の前にアールグレイとクッキーを置いた。カメは静かに腰を下ろした。

「相手に何かを求めがちな恋とは違って、愛は何も求めず、ただ与えたいと願う心から生まれる感情なのね。今の私には、その純粋な想いが、とても大切なのものだと感じるわ。この絵本に出会えてよかった」ウサギは感じたまま言葉を口にした。

カメはそんな彼女を静かに見守っていた。自分の言葉は、今は不要だと感じていた。彼女が抱える儚げな気持ちを、ただ静かに分かち合っていた。

※おおきな木
シエル・シルヴァスタイン作・絵/ほんだ きんいちろう・訳/篠崎書林

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