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風も花も私の味方

春の息吹が河川敷を強く駆け抜けた。四季の中で一日の気温差が最も大きいのは、春だという。それでなくとも、北の冷たい空気と南の暖かい空気が出合う春は風が強い。土手に座って風に吹かれているカメの目の前を、先頭集団のウサギが走り抜けていった。

多摩川を走るレースは普段着のように親しみやすい。交通規制のない未舗装のコースを、犬の散歩をしている人や、野球のボールを追う少年を横目に見ながら走る。そんなコースの真ん中でウサギは身体を躍動させていた。

今日のハーフマラソンは同じ道を4往復する周回コース。折り返しまでの前半は強い向かい風だ。「ちょっと!この風は何なのよ!」ウサギは風に飛ばされないように、軽い身体を前傾させた。彼女はミッドフット走法で走る。足の裏全体で地面を捉え、ブレーキをかけずに前に跳ぶように。

折り返し地点のコーンをまわり、ウサギが走る向きを変えると、今度は追い風が彼女の味方になる。2周目を走り終えスタート地点に戻ると応援しているカメがエールを送った。「とてもいい調子だよ!頑張って!」彼の言葉に、ウサギはわずかに手を振り返した。

向かい風も3度目になると少し余裕がでる。コースの両側に続いている満開の雪柳が彼女の目に入った。「ここはランナーの花道ね」ウサギは力が入った身体を少し緩め、息を吐くことに意識を集中する。

最後の周回になると、ウサギは走り終えるのが少し寂しくなってきた。まだ走っていたいと心の片隅で思う。それでも追い風に乗り、最後の力を身体の隅々まで行き渡らせる。彼女は走った。カメが待つゴールに向かって真っ直ぐに。

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