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ご近所さん

「あのパン屋さん、今日で閉店だって」と朝散歩から帰ってきた夫が言った。

2週間ほど前から「閉店します」の看板がでていた。高齢の亭主が心筋梗塞かなんかで倒れたとのこと。
53年間も毎日営んだそうだが、最近は週に2回ほどしか空いていなかった。
パン屋さんへ朝に出来立てパンを買いに行く、という習慣がない私は、時間があったときだけそこに買いにいった(結局計4回となった)。

「とうとう今日かぁ」と特別通ったわけでもない私。
頭の中で ”#終わってしまう寂しさ” と関連づける。
最後だもの!味わいましょう、と仕事が休みだった私が買いに出た。

店の前には列ができていた。最後尾は若い女の子のようだ。その子の後ろに並んだ。
意外と待ち時間がある。「お店の中にはお客さん1人しか入れません、ルール(コロナ対策)」があるのと、なんせ最後の日だからご近所さんの話もながい。携帯を家に置いてきてしまった私は、空を見たり周りをキョロキョロしていた。

前の若い女の子の後ろ姿に目が止まった。
18歳〜20歳くらいに見えた。肩甲骨くらいまで伸びた茶色の髪は、緩やかにウェーブがかかっていて(コテ使うのも慣れてるんだなってわかるウェーブだ)、内側はハイトーンにブリーチしていた。ゆるーい大きめなTシャツの下には破れ加工の短パンジーンズ。
ちょっとタプっとめの足と、履き慣らしただろうビーサン。
お部屋の片付けは得意じゃなさそう?あんまり健康そうじゃなさそう?今時っぽい女の子だなー、そんな子も並ぶんだなぁ、どうしても食べたいパンがあるのかな?と暇すぎて色々考えた。

やっと若い子が入る時が来た。
“おばちゃーん!長い間お疲れ様ー!
これね、もらってね!(紙袋わたす)
いやーん、めっちゃ寂しいんだけどー!
あ!焼きそばパンだ!私これ食べて育ったもん!
やだやだ寂しいー!”
店外まで聞こえる元気な声。

めっちゃ良い子やん。私は店外から女の子をずっと眺めてしまった。
清々しかったし、なんだか彼女に憧れの気持ちが湧いた。
「これ食べて育った!」って言えるって、いいなーって。

都会で育った私は、昔ながらのご近所付き合いを知らないのだ。
家の周りで知っている人なんて、マンションの上と下と横の部屋の人、あとは家から近いお医者さんくらい。
私の両親は、近所付合いがあまり好きでなかったのだろう。買い物もスーパーなどが多く、個人商店のおじさんやおばさんなどに顔見知りもいなかった。私は小学校から私立で電車通い。同級生とは放課後に校庭で遊んだあと、みなバラバラの方面へ帰っていった。
思い返せば幼少時に、大人になついた記憶がない(幼稚園や学校の先生は別として)。だから「近所の人とのちょっとテキトーでほんわかする会話」だったり「いい感じの繋がり」という距離感をあまり知らないのだ。

近代化の産物というか、資本主義的だといったらいいのか。村のみんなと力を合わせて、、、みたいな近所付合いって、今の東京ではどうなっているのだろうか?
”東京って、キラキラしてる!だって大都会じゃない!”
”東京って成果主義でなんだかギスギスしてて、、、やっぱり疲れるよね”
”田舎はのんびりしてて、みんな仲が良くていいよ”
”田舎は人付き合いが大変だよ、噂が広まるのなんてすぐなんだ”
どの声もよく聞く。田舎のことはよくわからないから、きっと皆どちらも経験しているのだろう。東京はよくわかっている。キラキラはいくらだってすればいいよ。でもこの東京のギスギスさは、どうしても好きになれないし、どちらかというと年々心配になる。人の顔を見ないでiPhoneばかり見ている人で溢れ、電車や駅で大勢の人間とすれ違うのに、その人間達を感じていないのだから。
しかしその根源がもし「近所づきあいを知らない都会育ちの子供達ばかりが育った結果」だとしたら、私もそのギスギスを生み出している1人なのだろう。

パン屋のおばちゃんに話す女の子は素晴らしかった。
語り口調とかやっぱりちょっとギャルなんけだけど、心があった。

未来、自分に子供ができたら、近所の人たち、老若男女問わず、仲良くできる子供になってほしいと思うとともに、子供と一緒に私もご近所づきあいにチャレンジしようと思った。

パン屋を出るときは、
「長年、お疲れ様でした。ありがとうございました。」と笑顔で言えた。




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