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『剣岳、見参!』12、雄山山頂の神社でバンザイ

大汝山からは雄山はすぐだった。八時三十九分到着、予定より三十九分の遅れである。もう遅れのことはどうでも良かったが、これは闇の中で迷ったことへの戒めである。仮にまた剣岳に挑戦するとしたら、剣山荘か剣沢キャンプ場から行くだろう。もちろん朝早くだ。そのとき剣沢キャンプ場から剣山荘まで、迷ったために一時間かかっているようでは早く出る意味がない。他の山に行くにしても、ヘッドランプひとつを頼りに歩くことがあるだろう。そのとき迷っているようでは命に関わる。反省はこの程度にしよう。
私は雄山に到着した。左側に鳥居があり奥の階段を上がったところに山頂の神社がある。私はとりあえず右側に折れ、社務所前のベンチに座ってカルピスを飲んだ。これからは早朝恒例の湯を沸かしてコーヒーを淹れるというのをやめようかなどと思った。薬缶とコンロ、ボンベがなくなればかなり重量を減らすことができる。以前からこだわってきたコーヒーだが、朝の貴重な時間をそれに取られるのももったいない気がしてきた。特に夏山はホットコーヒーはいらないだろうと思う。カルピスのほうが、く~美味い。


後ろ立山や槍ヶ岳などが、はっきりと見える。左手には雄山山頂の神社がある。そこにいる中高年のおっさんたちが「バンザーイ!バンザーイ!」と叫んでいる。あれはやらされてんのか?それとも好きでやってるのか?俺もやることになるのかな?俺は社務所前に荷物を置いたまま、受付で七百円払って入場券というかお札などをもらった。そして、先客たちが階段を降りてくるのを待った。この神社は入れ替え制らしい。先客が全員降りると、上の神社から神職の男性が、拡声器で、私と他何名かの次の参拝者に登るよう呼びかけている。私たちは石段を登った。社は山頂に高く積み上げられた石垣の上にある。私は『天空の城ラピュタ』を思い出した。

天空の社

神社には神職の人が座る茣蓙ござがあり、よく見るとその下に登山用のテントマットが敷いてある。俺は心の中で笑った。「やっぱ、テントマットがあったほうが茣蓙だけより座り心地はいいよな」。神社の中には太鼓がある。神職の人がまず写真撮影の時間を参拝者に与えた。

社の中


社の右にあった標高の書かれた石
「黒い石だ、伝承の通りだ」

そして、地面に座リ帽子を取るように言い、神職の人は例の茣蓙に座って、祈祷を始めた。私はその韻律が仏教の読経と同じであることに驚いた。私は祈祷など聴いたことがなかったので、色々考えた。仏教の読経の韻律は、神道の祈祷の韻律を真似たものか、それとも大陸から来た仏教の読経の韻律が神道の祈祷の韻律を駆逐したか、などと考えた。この辺は、私は無知なので、こんなことをわざわざ書くのは恥さらしかもしれないが、実際山の上で考えたことなので、この記事を書く趣旨に合致していると思い書いた。まあそんなことを思いながら祈祷を聴いた。そのあと、神職の人は、「では、バンザイをしましょう」と言った。私はなんとなく気恥ずかしかったが、もう四十四歳のおっさんである。十代のはにかみ屋ではない。私は大きな声をあげ、槍ヶ岳のほうに向かって両手を挙げ、バンザイをした。これで心が解放されれば嬉しいことだが、私の心はその程度では解放されない。こんな素晴らしい場所でも私は自分の統合失調症を思った。バンザイを終えた私は石段を降りて、社務所の前のザックを背負い。雄山山頂を出発した。九時ちょうどである。

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