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【冒険ファンタジー長編小説】『地下世界シャンバラ』2

第一章 とう林寺りんじ

一、ライとその父

 物語は大国マール国の西の山奥に住む、父と子の暮らしの一場面から始まる。
 父親カイとその五歳の息子ライは山奥でほとんど自給自足の生活を送っていた。主食の米や塩などを調達するため月に一度町に降り、山で取れたものと米や塩などとを交換してきた。それ以外は山でふたりきりの生活だった。
洞窟に住み、粗末な服を着て狩猟採集生活を送っていた。洞窟は深くはなかったが、寝食するには充分の広さがあった。奥に食料などを蓄えていて、入り口にはむしろを垂らしていた。洞窟の前には繁みに囲まれた四十畳ほどの広場があった。そこで、父親のカイはライに武術を教えていた。川で魚を取ったり、森で果実を取ったりしてその日の食料を調達すると、あとは武術の修行の時間だった。
洞窟の前の広場で、粗末な服を着た父親カイは言った。
「ライよ。おまえは強くならなければならない。来年には闘林寺に入門するんだ。そこで武術の修行をし、奥技『しん空波くうは』を会得するんだ」
「シンクウハ?」
粗末な服を着た幼い男の子ライは訊いた。ライは父親から距離を取り、防御の構えをしている。父親の修行の時間は始まっているのだ。
 同じように息子のライから距離を取った父親のカイは攻撃の構えを取っている。
父親は言った。
「震空波はシャンバラへの鍵だそうだ」
ライは訊いた。
「シャンバラ?」
父親のカイは、「隙あり」と言って、ライに襲い掛かり、右拳を繰り出したが、ライは咄嗟に後方宙返りをしてそれを躱した。その着地点をカイの足払いが襲い、ライの体を転倒させた。
 ライはすぐに立ち上がって、父から間合いを取った。
「シャンバラって何?」
ライは訊いた。
父親のカイは答えた。
「地下にあるという、理想の世界だ。おまえの母さんはおまえを産むとそこへ行った」
「え?」
父親は続けた。
「ライよ。よく聞け。おまえの母さんは、おまえを置いてシャンバラというその仏国土へ行った」
「どうして?」
その「どうして?」には複数の意味があった。頭の中にいくつもの疑問が浮かんだ。幼いライは知っている言葉数が少なかったので、それがたった一言、「どうして?」との表現となった。
どうして、俺を見捨てて行ったの?どうして、父さんは俺を連れて母さんを追わなかったの?どうして、母さんはそのシャンバラとかいう場所へ行かなければならなかったの?他にも様々な「どうして?」があった。
 父親のカイは言った。
「俺たちよりも、理想とか真実が大事だったんだろうな。俺はそんなところに行きたくなかった。俺は親子三人で普通に暮らしたかった。母さんと一緒になるために闘林寺を抜け出したのも普通の暮らしがしたかったからだ。普通の幸せが欲しかった。だから、奥技の震空波も諦めた。それなのに母さんは自分の夢を諦められなかった」
「母さんは父さんや俺のことが嫌いだったの?」
父親のカイは薄っすら笑みを浮かべた。
「それを聞くために一緒にシャンバラへ行こう。だからおまえは闘林寺に入門し、奥技震空波を会得するんだ。それにはたぶん十年はかかるだろう。父さんは破門されたからおまえに頼るしかないんだ」
カイは息子のライに攻撃した。跳び蹴りだった。ライはしゃがんで躱して、地面を転がり、立ち上がって間合いを取った。
日が傾き始めた。
カイは構えを解いた。
「夕食にしよう」
ライは構えを解いて、笑顔になり、洞窟の入り口にある莚をめくって、鍋を取って出て来た。中には米が入っている。ライは小道を降りて、近くを流れている小川の清らかな水で米を研いだ。その間にカイは洞窟の前で火を起こしていた。この日の夕食は米に鱒の塩焼き、それから、梨だった。
 ライの髪は生まれつき茶色で、短く刈っているが、つむじがふたつあるため、頂点がアンテナのように立っていた。もみあげが長く顔はどこか猿に似ていた。


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