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【冒険ファンタジー長編小説】『地下世界シャンバラ』3

二、山賊グルド

 日暮れ前、洞窟の前でライとカイが親子で夕食を摂っていると、突然カイが立ち上がった。
「どうしたの?父さん」
ライは米を掻き込みながら訊いた。
カイは鋭い目つきをして言った。
「ライ、戦いの準備だ。殺気を持った多数の人間がこの広場を囲んでいる。繁みの中に隠れている。たぶん山賊だ。ひと暴れするぞ」
ライも茶碗を置き立ち上がった。
 すると、「かかれっ!」という号令が繁みの中で聞こえたかと思うと、四十人の山賊が「わーーーー」という声を上げて、一斉に周囲の繁みから出て来て、ライとカイに襲い掛かって来た。
 ライとカイは応戦した。しかし、相手は四十人だ。しかも武器がある。広場は混戦となり、カイは十人ほどの山賊をやっつけた。そのとき、太い声が聞こえた。山賊たちはカイから離れ、距離を取って囲んだ。
「カイよ、そこまでだ」
カイが見ると、息子のライが巨躯の男に捕まっていた。ライの顎の下には鋭い刀の刃が当てられていた。
「カイよ、俺を覚えているか?」
カイは答えた。
「忘れるものか、グルド」
グルドという巨躯の男は言った。
「先にメイに目を付けたのは俺だった。おまえはあの女を横取りした」
「違う。乱暴を働くおまえから助け出したんだ」
「ほう、自己正当化。ムカつくね」
「おまえは闘林寺の掟を破って、客人の娘に手を出した。そして、破門された。するとおまえは山賊になってメイを攫ったな」
「そうだ。俺は自分の欲望に従ったまでだ。女人禁制のあの寺で女と言ったら宿坊に泊まる客くらいしかいなかったからな」
「だから、俺はお前に戦いを挑みメイを助け出した」
「その後どうした?おまえはあの女を好きになり闘林寺を破門されたろ?妻帯を禁じるあの寺から抜け出しておまえはメイと結婚した」
グルドは抱えているライの首を絞めて言った。
「こいつがおまえとメイの息子か?」
カイは答えた。
「そうだ」
グルドは言った。
「メイはどこにいる?」
「シャンバラにいるはずだ」
「シャンバラ?あの地下にあるという仏国土か?」
「そうだ」
「あそこには財宝があるのか?」
「知らん」
グルドはカイに訊いた。
「おまえ、案内できるか?」
「できない。できたとしてもおまえなど案内しない」
「西の山奥のずっと山奥の洞窟の地下にそこへの入り口がある。そのくらいは俺も知っている。だが、具体的にどこかはわからない。それから、後になって闘林寺の人間から聞いた話だが、あの寺の奥技震空波がシャンバラへの門を開く鍵だと言われているな」
カイは言った。
「その通りだ。だからおまえなんかには行けない世界だ」
「ということは、メイはシャンバラに行けなかったのではないか?」
グルドは首をひねった。カイは言った。
「それはわからない。もしかしたら俺たちの知らない人間が震空波を使えたかもしれないし、震空波以外に何か方法があったのかもしれない。とにかくメイはシャンバラに旅立ったまま帰って来ない」
グルドは訊いた。
「現在、闘林寺で震空波を使える者は何人いる?」
カイは答えた。
「たぶん今はひとりもいない。だが、十年後、俺の息子ライが会得してくれるはずだ」
グルドはライの首を絞めた。
「この、小僧か。十年か、長いな」
すると、グルドの子分で背の高い片眼の剣士の男が刀をカイに向けて言った。
「グルド、どうするのか決めてくれ。この男を殺すのか、殺さないのか」
その瞬間、カイは右掌をこの男に向かって突き出し、目に見えない何かが放たれ、このバドという剣士はその目に見えない何かを腹に受けて吹っ飛ばされた。カイの使ったこの不思議な技を見てグルドは呟いた。
波動はどうけんか」
この波動拳というのは闘林寺で会得する技だ。手の中に体内を流れる気と呼ばれるエネルギーを溜めて一気に腕を突き出しながら放つのだ。気は目では見えない。離れた敵に攻撃するときに使うこの技を、カイは今、剣士バドに対して使った。バドは痛みで立てない。
 だがグルドは冷静だ。
「おい、カイ。もうおまえが暴れることは許されないんだぞ。おまえが抵抗したら、このガキは死ぬんだ」
グルドの刀は少しだけライの首を切り、赤い血が流れ出ている。グルドは言った。
「メイはシャンバラにいる。シャンバラへの鍵は震空波である。シャンバラには財宝があるかもしれない。ここまではいい。だが、シャンバラへの入り口がどこにあるかわかる人間はいないのか?カイよ」
「俺の妻メイは霊感が強く、その場所がわかると言っていた」
グルドは嫌な顔をした。
「俺の妻?しゃらくせえな」
カイは言った。
「俺の妻だ」
グルドは言った。
「では霊感の強い者を探せばいいわけだな?」
「おまえはシャンバラに行きたいのか?」
「まあな。メイがいると言うし、財宝があるかもしれないし、なにしろおもしろそうだ」
「シャンバラは理想の仏国土だぞ。おまえのような山賊は行ってはいけないんだ」
「うるせえよ、カイ。おまえにもう用はない。死ね。抵抗すれば息子は死ぬ」
カイは抵抗することができず四方八方から刀に突かれ大量の血を流し地に倒れた。
「父さん!」
ライは動こうとしたが、グルドがライを捕えている手の力を緩めない。
 カイは最後の力を振り絞ってこう言った。
「ライ、おまえは愛されて生まれてきた。そのことを忘れるな!」
ライの父親カイは絶命した。
「父さん!」
ライは広場の隅にある木に縛り付けられた。広場の中央では薪(たきぎ)を集めカイの遺体を焼く準備がされた。
 グルドは言った。
「パンチョ、メシの支度だ」
パンチョと呼ばれた太った小柄な男は、「あいよ」と言ってメシの支度をした。材料は洞窟の中のライたちが貯蔵している食材が使われた。
 日は沈んだ。カイの遺体が炎に包まれ、周りでは宴会が始まった。山賊たちは男ばかりで、酒に酔って大声で話す者や、踊る者、野蛮な者たちの狂騒だった。
 宴会が終わると山賊たちは眠りに就いた。炎は燃え続けていた。
ライは木に縛られたままだ。ライはなんとかこの縄を解けないかとがんばったが、固く縛られていて抜け出すことはできなかった。立ったまま縛られたライは、足が疲れてきていた。眠ろうにも足が痛くて眠れなかった。すると突然、縄が切られた。ライは自由になった。ライは誰が切ったのだろうと後ろを振り向くと、そこにはライと同じ年くらいの少女がいた。
「さあ、逃げよう。あたしはあんたを助けてあげる」
「君は?」
「あたしの名はキト。グルドの娘だ」
「なぜ、俺を助けてくれるんだ」
「助けちゃいけないか?」
「いや、でも」
「あたしはあんたが殺されるのを見たくない。あたしは山賊になるよりお嫁さんになりたいんだ」
「え?俺の?」
「ダメか?」
「いや、そんなことはない」
「さあ、早く逃げるんだ。闘林寺に行くんだろ?」
「うん」
「そこの修行を終えたら結婚してくれるか?」
「ああ、わかった。でもなんで俺なんだ?」
「あたしは山賊で、同じ年ごろの友達がいない。とくに男友達なんていないんだ。だから、あんたを一目見て好きになった」
「そうか、じゃあ、将来結婚だな。わかった」
「さ、逃げろ。闘林寺は川を下っていき、大きな川と合流している所からその川を遡って三日歩いた所にある」
「ありがとう」
ライはキトから松明をもらい、着の身着のままで歩いて愛着のある洞窟住居とその前の広場をあとにした。



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