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小説家志望の若者が進むべき進路。小説家の下積み時代

小説家になりたくて、学生時代にデビューできないという人は多いと思う。
そういう人はどういう進路を取ったらいいのだろうか?
最近私は、『二十歳の進路。夢か保身か。小説家か教師か』という記事を書いた。その記事では保身に走るなということを強調した。
では、小説家になりたい人は学校卒業後どう生きたら、どんな仕事をしたらいいのだろうか?
『耳をすませば』という有名なジブリのアニメがあるが、あの続編で実写版『耳をすませば』が以前公開されて観に行ったが、主人公は小説家になりたくて編集者になったという設定だが、私は小説家の下積みと編集者の仕事はまったく関係なく、むしろ、小説に対して悪影響があるのではないかと思う。もし、小説家でなく漫才師になりたいのだとしたら、芸能事務所に入りバイトをしながら舞台に立つという下積みがあると思う。しかし、小説家の下積みとはなんだろうか?編集者が下積みになるのか?それともフリーターか?それとも無職ニートか?いろいろな選択肢がある中で私が自分の失敗も振り返りつつお勧めするのが、毎日仕事から帰ってもそれほど身体的精神的疲れがなく、小説に打ち込みやすい適度な疲れをもたらす仕事に就くことだ。フリーターではなく、正規職員として就職するのがいいだろう。収入が安定していれば精神も安定し、小説にもいい影響を与える。規則正しい生活ができるのがいい。その仕事で給料を高望みするべきではないが、できれば恋愛をして結婚して子供ができて育てて、ということが可能な仕事がいいと思う。そして、小説にそそぐ余力があるといい。
私は二十代は肉体労働のパートの仕事を転々とし、定職に就かなかった。三十四歳で現在四十五歳まで続いている介護職に就いた。介護の仕事は事業所にもよると思うが、それほど精神的身体的にしんどいことはなく、小説に注力できている。私が重要視している海外旅行には行くのは難しくなったが、その代わり私は登山を趣味にしている。海外旅行は小説家になれたらしまくるぞ、というのがモチベーションになっている。
私は四十五歳で独身だが、小説家を目指す若い人には小説家を目指しつつも家庭生活は充実させて欲しいと思う。そこから得るものは非常に大きいだろうから。私は子供が生まれたときの父親の歓びを知らない。そういう人生の歓びは小説の糧にならないはずがない。親になれたという歓びはおそらく小説家になれたという歓びよりも大きいのではないかと私は想像する。
格言みたいなのを考えた。
「小説のために人生を捨てるな。人生のために小説を捨てるな」
うん、いい。
私もがんばろう。

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