【小説】箱の中の指輪
プロパンガスのボンベ周りに重点的に撒いてから、途切れないように外周をぐるりと巡ってから赤いポリタンクにフタをする。
指輪をここに置いていくか迷って、迷うくらいなら止めようと思い素直に火だけを落とした。
赤い道が走っていく。建物の奥で大きな爆発音がして空気が震えた。警報機がいくつも鳴り響いて、まるで世界が始まるみたいな感じだった。
三日月はやっぱり太くて、白かった。
暇と言うのは確実に精神を蝕んでいく。
暇。
自由な時間。
仕事や義務に拘束されない時間。身も心もあらゆる物事から自由であり、しがらみ等に関わりの無い状態。誰とも共有しない時間と空間。
咳をしてもひとり。
秒速一滴のリズムで水道管から垂れる怠惰さを聞きながら部屋の真ん中でうずくまっている。
誰も何も言わない生活。机の上に積み上げられたカップ麺の容器とコンビニサラダの容器。
漂白された野菜の栄養価を考えうようとして止める。
湿気た煙草を咥えて100円ライターを探す。
ソファの下にあったブック燐寸を見つける。残り一本。どうにか火を点ける事に成功する。
濃い煙を吐き出す。
湿気た葉っぱが酷く不味く感じられた。
「泊まっていかないの」
ワイシャツを着る背中に尋ねる。
「明日も朝が早いんだ」
背中はこちらを見ずに答える。
「だったら尚更」
「家のパソコンにある資料も取りに行かなきゃいけないし」
糊が崩れてシワのつき始めた背中が答える。「そうね」サイドデスクに置かれた煙草に手を伸ばす。ホテルの名前が書いてあるマッチ箱。火が燃え尽きるのは一瞬だ。
「君は寝て行っていいから」
「うん」
「本当は俺だって泊まっていきたいよ、でも仕事なんだ」
「うん」
「会社さえ無ければいいのにね」
「うん」
背広に袖を通してこちらを振り向く。
「じゃあね、おやすみ」
「うん、おやすみ」
「愛してるよ」
「うん、愛してる」
再び背中を向けて部屋を出ていく。
煙草の煙が後を追う様に伸びる。
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