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【超短編小説】常夏の托卵ベイビー

「わたし、旦那と離婚した後に子供を連れてアンタんとこ行く夢みたんだ」
 へぇ、と適当な相槌を打って細長いグラスの底でうずくまるアイスコーヒーを飲み干した。溶けた氷で薄くなった茶色は麦茶のような味がした。
「そしたらさぁ」
 俺は続きを促すでもなく、ポケットから取り出した煙草に火をつけた。箱にはショートホープと書かれていた。そしてそのショートホープはじりじりと灰になっていく。
「まぁ、そうなったらそん時は」
 俺も煙と一緒に続きの無い返事をする。
 小学生の頃、ノートに落書きしたゴム消し人形の為の間取り図を思い出していた。
 おままごとよりも欠落した生活の創造図は、やがて夢と希望の欠落した生活になった。アルミサッシから入り込む真夏の耐え難い熱は孤独や絶望にも似ていて、なかなか部屋からは追い出せない。
 そのうちそれは身体に染みついて、ヘソの下あたりに黴として定着してしまう。
「あうあう」
 黒人と黄色人種のハーフとして産まれた何の罪も無い、だがパンドラの箱から飛び出した厄災を一身に背負った様なその存在は、だがしかし無邪気な笑みを見せた。
 細長いグラスの中の氷が音を立てて溶け崩れた。
 別に愛も希望も夢も、あの時の落書きには無かったはずだ。それは今も変わらない。
 俺は2本目の煙草に火をつけながら帰るタイミングを見計らっていた。短い希望が灰になって消えていく。
 それでよかった。
 目の前にいるのは希望でも何でもない。俺もそいつの希望でも何でもない。単なる夢だし、それを正夢にしようと生きる必要もない。
「うん、もういいだろ」
「そうだね」
「お疲れ様でした」
「お疲れ」

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