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西洋文明の上に立つ西田哲学

昨日のnoteを書いていて、プラトンの立場での言い分と、西田哲学の位置づけが見えてきました。つまり

プラトン達の開拓者の苦労
言い換えると
西洋文明の上に立つ西田哲学

です。

プラトンが『国家』を書いたときは

現在のような法制度もなく
市場経済も未発達
学校教育もない

時代です。そのような状況で

「国家」の統治には「正義」が必要
そこで「正義」に哲学者は近づく

と言う主張を、大著『国家』で行いました。

そこで使えた知的な財産は、当時として最高の学問である「ユークリッド幾何学」でした。ユークリッド幾何学の

理想化した「点」「線」の発想

が、「イデア」を生み出しました。

こうした抽象化し、理想化して

やっと因果関係を見出す

苦労を古代ギリシャの哲学者から、デカルトなどの近代西洋文明の開拓者は積んでいます。

逆に言えば

割り切りの上での2値論理

が、西洋文明の物理学的発想を生み出しました。

私たち日本人は、このような西洋文明の成果の上に立っていることを、忘れてはいけません。

西田哲学は、西洋哲学の上に立って

西洋哲学で目をつぶった現実対応

に向き合ったものだと思います。

西田哲学を知るために|鈴木良実 (note.com)

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