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2023年のSHOWBOY観た感想

開演5分前のアナウンス。今年の演出変更の中でも特に好きだった。支配人が現れ実際に開演前のアナウンスをする。そしてそのシーンが劇中にも組み込まれている。

もう私たちは完全に SHOW BOATの乗客だった。あの演出のおかけで、観客であるはずの私たちもショーの世界に巻き込まれショーと現実の時間軸が交わり、本当に同じ世界にいるような錯覚がした。

いや、あれは錯覚なんかじゃない。あの時間は本物だった。だからこそ、劇中のいろんな出来事や名前も知らない登場人物のいろんな感情も決して他人事とは思えなくなる。

SHOW BOYの登場人物のほとんどには役名がない。登場人物同士もお互いの名前を知らないことがあったり、もちろん、登場人物は私たち観客の名前を知らない。そして観客同士だってお互いの名前を知らない。ひとりひとりがあの夜SHOW BOATに偶然乗り合わせた名前も知らない人でしかない。

でもそんな偶然の出会いによって思いもよらぬチャンスを手に入れることができたり、人生の新しい1歩を踏み出すきっかけに出会ったり、名前も知らない見習いマジシャンのショーをみんなで応援することになったりする訳だ。マジックの助っ人に選ばれる人だってあの夜偶然ショーを観ていた観客な訳で、全く同じストーリーなんて存在しない。まさにあなたの手であなたが作るストーリーなんだ。

全然違う過去を生きてきたひとりひとりの人生があの夜偶然に交わって、そしてまたそれぞれ全然違う未来の人生に進む。自分が主役のそれぞれの人生は船を降りてもまた続く。もちろん登場人物だけじゃなく観客ひとりひとりも同じだ。

だから私たちは船を降りる時「それでは皆様Show must go on!」と送り出される。このショーを観た後のこのアナウンスの説得力といったら。自分が主役の自分の人生、全てをかけてこの瞬間を生きなければと奮い立たされるような思いになる。


人生は一度しかない。その中でどうチャンスを掴むか。今年のSHOWBOYの大きなテーマの1つなんじゃないだろうか。

今回それを特に感じたのは演出変更で見習いマジシャンの見習い期間が10年から20年になっていたからだ。

見習いマジシャンがこれまで生きてきた人生は大きくまとめてしまえば、20年も見習いをしてきたのに上手くいかずマジシャンをクビになったチャンスを掴めなかった人生だ。ポール・ニューマンに憧れた小さい頃からの夢であったマジシャンをあの時クビになった。

20年も努力して、でも上手くいかなくて、クビになったから船降りるしかなくて。まさに現実はビターだ。

(余談だが、クビになったわりに見習いは落ち込んではいるだろうが案外落ち着いてるなと思った。クビになった後、バーに行ってエンジェルに死んじゃだめよと言われた時もそういうのじゃないんでと返事をしていた。あくまで個人的な想像でしかないが、見習いは普段から裏方を目で追っている中で裏方が手を2回叩いてクールにいこうと自分を落ち着けているのを見ていて、見習いの中では感情が昂った時にもクールでいるのがかっこいいという価値観がきっと本人も無意識のうちについていたんじゃないかと思ったりなどした。)

けれどこの抑えていた感情はエンジェルとの会話の中で爆発する。そういうのじゃないんでなんて言っていたのに海に身を投げようとする。

確かに見習いはマジシャンには向いてなかったのかもしれない。マジシャンなのに嘘がつけないしいざとなると緊張してしまうしマジシャンとして致命的なところばかり。

でも、やりたいという情熱があった。20年も頑張って、でも上手くいかなくて、でもやっぱり夢追いかけたくて、諦めきれなくて。見習いはずっと頑張ってきたはずなのに、なのに、全然上手くいかないから、もはや頑張ってなかったんじゃないか、これまでの人生もったいなかったんじゃないかって泣き崩れて。20年も頑張ってきたことが実らずクビになったらそりゃそうなるだろう。情熱は物凄い原動力になるものだ。小さい頃映画で見たポール・ニューマンをきっかけに、やりたいという情熱を持ち続けてここまできた。もしかしたらこのSHOWBOYという舞台が誰かの情熱に火をつけ、これが誰かの夢になるかもしれないと思ったりもした。こういう連鎖で誰かが誰かの人生に影響を与えている。

結局見習いの人生はもったいなかったんだろうか。

確かに向いていないかもしれない仕事に20年もの時間を注いでしまったわけだ。

でも、見習いはクビになったあの状況でも、やっぱりマジックがやりたい正々堂々生きたいと言った。見習いがやりたいことはやはりマジックだった。

例えば、10年経った時点で辞めることだってできた。でも、マジックを辞めた見習いは辞めてよかったと思えただろうか。

きっと見習いなら、「10年も頑張ったのに辞めるなんてもったいなかったかな」とかって思うんじゃないだろうか。残酷なことに人生は1つしか生きれないのでそちらの道を選んだ見習いの人生を知ることはできない。

ただ、どの道を選んだとしてもきっと「この選択で本当に合っているのかな」と考えることは誰にだってあるんじゃないか。どうせ悩むんだったら自分のやりたい道を選んで悩んだ方がいいんじゃないかと思った。

「そんなに好きなら諦めんなよ!!!」本当にその通りだ。

あの夜、ショーでマジックを成功させたのは間違いなく20年の努力のおかげだ。そして師匠が腰を痛めるという偶然のハプニングと突如現れた変なおじさんのおかげでもある。

少女が言っていたように、何もかも上手くいかないのは今日までで明日からは全て上手くなんてことが本当に起きるのかもしれない。

結局のところ運も実力も人生だ。
でもチャンスを掴むことができたのは続けていたからだ。努力が実ったのも運が味方したのも続けていたから経験できた。もし辞めてしまっていたらこのチャンスには出会えなかった。頑張って続けていればチャンスをこんな形で掴めることも本当にきっとあるんだ。

そして努力はきっと誰かが見ている。
よく聞くセリフだがきっと本当にそうだ。師匠がチャンスをくれたのも少女がおじさんに見習いをステージに立たせるよう頼んだのも見習いの努力を知っているからだろう。裏方が急遽代役を務められたのだって、裏でこっそり練習しているのを支配人が知っていたからだ。

頑張ってる人には自然と味方がつく。現に私たち観客も気が付けば見習いのことを応援している。

最近、ネット上で知らない人を叩いたりだとかいろんな嫌なことを耳にする。そんなことしてないでSHOWBOATに乗っている人たちみたいに、今日初めて会った名前も知らない人の成功を願えるような人ばかりの世界になればいいのにと思った。もしかしたら何か嫌なことがあったのかもしれないけど、もっとクールに生きてほしいと思う。

少なくともこの舞台を観た自分は嫌なことがあっても「深呼吸して手2回」すれば少し気が軽くなって頑張ろうと思える。舞台を観るというちょっとした人生の選択が、舞台を観た後の自分の人生すらこうやって前よりも少し良いものにしてくれている。

SHOW BOYにもし出会っていなかったら今どんな人生を生きているだろう。今と大して変わらないだろうか。その人生を知ることはできないが自分はSHOW BOYを観る方の人生を選んで良かったと断言できる。


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