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何にもなれないまま40代になった。【3】

ある日、いつものように理想の物件探しをしていたところ、すごく惹かれる物件に出会った。

中古ではあるけれど小さな庭付きの一戸建てだった。私はすぐに飛びついた。
不動産屋に連絡した。
翌週に内覧する予約を取った。
夫に告げると
「ふうん」
とだけ言った。

小さな川が流れるところにその家は建っていた。内覧まで待ちきれなくて私は子どもたちの手を引いて、近くまで見に行った。

白い壁にテラコッタの屋根。
少し時間の経過はあれども全然古びていない。

5歳の息子ケンタは「ママ!いいね!」と鼻息を荒くして言った。1歳の娘マナカはベビーカーで眠っていた。

私はもうこの家を買ったような気分だった。
日差しが川の水面に映ってキラキラ輝いていた。幸せだった。

その日、子どもたちを寝かしつけ、仕事から帰ってきた夫に家を見に行ってきたことを話した。
たぶん息子と同じように「いいね」と言ってくれることを信じて。

しかし夫の口から出た言葉は
「でも、どうかな、中古の家なんて」
だった。

そうだった、夫は何でも新しいモノを欲しがる人だった。新しいゲーム、新しいCD、新しい本。

昔から、私が古本屋で本を買ってくるとあからさまに眉を潜めたし、車は大体新車だった。

「じゃあ内覧とりやめる?」

「いや、いい、行くよ」

予定を変更することを嫌うタイプの夫は嫌々行くことに決めたらしい。
その日はそれ以外に会話は無く就寝時間となった。

内覧の日、不動産屋の営業マンは何件か物件を探してきていた。たとえ一軒が駄目でも顧客を逃がさないという、まさに獲物を逃がさないようなギラギラした眼差しだった。

いよいよ本命のあの家の中に入る。
期待と何故か少しの緊張感があった。

一足踏み入れると、まさに思い描いていたような家だった。玄関はそれほど広くない。
大豪邸ではない。
部屋数は3つ。

しかし、広々としたリビング!
使いやすそうなキッチン!

私は何よりも開放的なリビングで伸び伸びと遊ぶ子どもたちを想像した。
そのリビングから眺める庭で遊ぶ子どもたちを想像した。
キャッキャとはしゃぐ子どもたちの笑い声が既に脳内で再生されていた。
この家に住んだら幸せだろうなと思った。

夫に目をやると、つまらなそうな顔でスマホをいじっていたが、ふと顔をあげると営業マンに

「他の物件も見せてもらえますか?」

と言った。

私が「何が気に入らなかったの?」と尋ねると、夫はこう説明した。

「この横を流れる川があるだろ?これが増水したら危ないよ?台風とかもあるだろうし」

正直に言うと私はがっかりした。
私の全てを否定されたような気がした。

でも、ふと我に返り、確かに夫の言うこともすごくごもっともな意見だとも思った。

そうして私たち家族は不動産屋が案内する他の物件を二軒ほど見て回ったが、やはりあの家にかなうはずがない。
あの家がカラーで見えたとしたらあとの二軒はセピア色だった。すべてがくすんで見えた。

そうしてその日は終わった。

夫は「やっぱり中古はダメだな」とボソッと言った。まるで私を否定するかのように。


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