しにぞこない

散々「生きる」だのなんだの言っているわたしだが、先週の水曜日の早朝に毒物を通販で注文し、金曜日に届いたそれを飲んで自殺を図った。ネットの中ではその毒物は致死性が高いとされていて、特定されると危険なので詳細は省くが、とても少ない量で致死量に達するとのことだった。

復職してまだ一ヶ月も経っていない。それどころか、6時間勤務(通常時間勤務)に戻ってから二日しか経っていない時点で、わたしは死を念頭に置いていた。

仕事のこと、生活のこと、家族とのこと、とにかくわたしは疲れ果てていて、水曜に毒を買い、金曜日に仕事をさぼって親に会い、その帰りに駅のトイレで毒物を飲んだ。

やっと楽になれる、そう思った。

親は疎ましいこともあるし機能不全家庭だったが、いまはまあまあ優しくしてくれて、姉は尊敬できる人だし、一緒に暮らす家族はわたしより精神を病んでいるがすごく優しい。わたしはたぶん孤独ではなくて、愛されている。大切にされている。友達はもう一人もいなくなってしまったけれど、大切な人はたくさんいる。

それでもわたしは死にたかったので毒物を飲んだ。

自然由来のその毒物は遅効性とのことでわたしは家でのんびりとその時を待った。この世からおさらばするのが楽しみで仕方がなかった。やがてアパートに家族が帰ってきて、わたしが体調不良で仕事を休んだと告げるといたく心配してくれた。家族はわたしの精神不安定を理解してくれているので、そこを汲んで話を聞いてくれた。並べた布団に横になり、他愛もない話をして笑ってくれた。わたしの笑いには死を前にした穏やかさがあったが、それと同量の後悔も含まれ始めていた。

わたしは、「自分が致死性のものを既に口にしてしまっていること」をひどく不安に思い始めた。死にたかったから、それを飲み込んだはずなのに。

金曜日だから美味しいものを食べに行こうと言われ、晩御飯は丸亀製麺のうどんを食べに行った。丸亀製麺までの車中、窓の外を流れていくごく普通の街並みを見るのが人生最後なのだと思うと、じわじわと恐怖が押し寄せてきた。丸亀製麺で食べた明太釜玉はほとんど味がしなかった。血の気が引いていくのがわかった。帰り道、いつもそうするように、わたしたちは本屋を冷やかした。家族はどうでもいいことを言って笑った。わたしは死ぬのが怖くなり、言葉は何度もつっかえて、滲み出る涙を引っ込めようとした。

わたしは、死にたかったはずだ。

死にたかったから、致死性が高いなんとかという植物を購入し、飲み込んだはずだ。

なのに、わたしはいまこんなに恐怖と後悔を感じている。

目の前で笑う家族に対して、とてつもない裏切りを犯していることに気づいた。

彼を置いて逝こうとしているわたしは、遺書に「世界で一番愛しています」と書いたくせに、彼の心を世界で一番傷つけようとしている。

そう思ったらもう、死にたさを上回る生きたさが堰を切ったように溢れ出てきて、わたしは帰りの車中で全てを告白した。死にたくなかった。わたしを大切にしてくれている家族に、親に、申し訳なくなった。裏切りたくなかった。「わたしはなんて馬鹿なことをしたんだ」そう言って、わたしは泣いた。救急病院に連れて行ってもらって、医師に全てを話して、どうにかしてくれないかと言った。胃洗浄やらなんやらしてくれればいいと思った。

全く馬鹿げている。自分で死ぬために飲んだのに、死にたくなくなって吐きたいだなんて。

医師は、「あなたが飲み込んだその植物は確かに毒性があるようだが、摂取してからこれだけの時間が経っているのに、腹痛も呼吸苦も起きていないのはおかしい。その植物の、偽物か、近縁種かなにかだったのではないか」ということを丁寧に説明してくれた。血液検査も異常はなかった。

そういうわけでわたしは、金曜の昼間に毒を飲み、いまのいままで健康でいる。いくら遅効性の毒でも、ここまでなにもないということはないと思うので、わたしが死にたくて飲んだなにかは毒ではなかったということになる。

時間外の病院の待合室で、わたしは何度も家族に詫びた。いまにも死んでしまうかもしれない、わたしは本当に死にたかったけれど、いまはあなたを置いて死にたくない。ごめんなさい。ごめんなさい。

家族はわたしの肩に手を回して、大丈夫だよ、なんだかわからないけど死なないような気がするし、君の死にたい気持ちは本物だったのだから仕方がないよと言った。

結局、わたしは死ななかった。「劇物なので飲み込まないでください」と書かれたなんらかを砕いて飲み込んで、それでも死ななかった。

わたしは過去に何度かの自殺未遂をしている。けれど死ななかった。

自殺未遂をやらかした時のわたしの気持ちは本当に死に向かっていて、その気持ちは間違いなく嘘ではないのに、生き延びてみると「死ななくてよかった」などと思う。自分でも情けないと思うし、生き汚いと思うし、馬鹿だと思う。

いまのわたしの気持ちとしては、半々だ。

やっぱり死にたかったような気もする。

生きていて良かったような気もする。

わからない。

わからないけど、とにかく今日も生き延びた。

生き延びてしまった。

めでたしなのか、そうではないのか、まだわからない。でも、人に迷惑をかけるようなことは、もうやめたい。

ごめんなさい。