【小説】病院ねこのヘンナちゃん⑯(episode1)
ひとつ前のお話→病院ねこのヘンナちゃん⑮
最初から読む?→病院ねこのへんなちゃん①
大学生になる頃、楓子さんは自分が周囲とズレていると思うようになった。
なにか違う。
うまく周囲に溶け込めない。
どこか浮いている。
あからさまではないにしろ、疎外感を感じる。
そんな自分が嫌だった。
私のどこがいけないんだろう?
自信や自己肯定感が削られていく。
キャンパス内を闊歩しているキラキラした人たちに近づきたいと思えば思うほど、自分はダメなんだという想いが強くなった。
もっと人とうまく関わりたい。
嫌われたくない。
ここにいてもいいよ…って、誰か言って。
内側の叫びを隠したまま、一生懸命馴染もうと頑張る日々だった。
そんな中で、波長のあう友人も何人かできた。
今から考えれば、HSPあるいは、HSP感覚が強い人たちだったのだろう。
言葉にしなくても、なんとなくお互いの望むこと、嫌がることが分かるので一緒にいることがラクだったが、それは巨大キャンパスの中でのほんの数人だった。
輪の中心には近づけない…。
これからもずっとそうなんだろう。
私は道端で人知れず咲くタンポポなんだ。
誰にも気に留められず、咲いて、綿毛になって、またひっそりと飛んでいく。
若干20歳で、あきらめにも近い悟りを開いてしまった。
そんな境地にあった楓子さんだったが、何度か恋もした。
それは普通の恋愛だった。
お互いにいいな…と思って、近づいて、話をして、一緒に出掛けて、同じ時を過ごす。
彼との共通点を見つけると、嬉しくなった。
たとえばピザの生地は厚めが好みとか、教室ではなるべく窓際に座りたがるとか、ドライブのBGMは男性ボーカルがいいとか、美術館や図書館の静寂が好きとか、コーヒーにはミルクを入れないとか、そんな些細な共通点に心が浮き立った。
この人に嫌われたくないと思った。
一緒にいると楽しい…と、感じているはずだった。
だがデートから帰って来ると、楓子さんはたいていクタクタに疲れていた。
山登りやスポーツをしたわけでもないのに…。
彼は穏やかないい人ではあったけれど、人間なので、全く気分が揺れないというわけではない。
沈んだ日も黙りがちな日もある。
干渉されたくない日だって。
だが楓子さんはその微妙な空気の違いに、神経をすり減らしていた。
別に怒っているわけではないのに、なんで怒っているのかしら…と不安になる。
私がなにかしたかしら?…と余計な気を回す。
今、彼は私にどうしてほしいのかしら?…と顔色をうかがう。
好きなのに…疲れる。
別れを切り出したのは彼のほうだった。
「俺たち合わないと思う。」
なにが合わないのか、自分の何が疎まれたのか、結局、分からなかった。
次に付き合った人も、「君のごきげんを取るのはもういいよ」と離れていった。
どうして?
気を遣っていたのは私の方なのに。
その次の人には「自分の意見がないんだね。」と言われた。
楓子さんは恋愛に夢を持つことをやめた。
ここまで話して、楓子さんは「疲れました」とポツリ。
それは話をすることに疲れちゃったの?
それとも人と関わることに?
アタシは膝の上から伸び上がって、うつむいている楓子さんの顔をのぞき込む。
ミャオ~~ン。
ああ、アタシはなんで子猫なの。慰めたり励ましたりしたいのに、無力すぎる…。😿
頼みのヒヨコ先生は、何を考えているのか、空を見上げて黙っている。
パチパチパチ、ネコ窯の火が勢いよく燃えている。
せめてアタシにできること…と、楓子さんの胸にプニプニの肉球を押しつけてハグ。
もっと大人のネコなら、伸び上がってほっぺにすりすりしてあげられるんだろうけれど、アタシはまだチビだから届かないよ。
優紀君と遊ぶ時みたいに、レディの身体によじ登るわけにはいかないし。
アタシにとっては精一杯のハグだけど、端からはお腹にへばりついているようにしか見えないかも。
ミャオミャオミャオ。
「なにしてんの、あんた?」
ヒヨコ先生の声が頭上から降ってくる。
「あら、ヘンナちゃん。」
今気がついたと言わんばかりに、アタシを両手で抱き上げ、目の高さまで持ち上げる楓子さん。
アタシと目線をあわせて、ふふふと微笑む。
「優しいのね、ヘンナちゃんは。」
ミャオ💕
「ヒヨコ先生、この子は私を抱きしめてくれたんですよ。」
「え?そうなの?焼き芋の催促じゃなくて?」
ぶーーーー💢💢💢
不思議。楓子さんは、アタシの言葉が分かるみたい。
HSPってねこの表情も読めるの?
「まるでセミがとまってるみたいだね」…と笑い出すヒヨコ先生。
もう!返す返すも、失礼しちゃうわね!
でもつられて楓子さんも笑い出したから、まあ、いいか。
ヒヨコ先生は立ち上がって、蜂蜜レモンをもう1杯ずつ作った。
湯気のあがるカップには、ちゃんとミントも浮いている。
「レモンと蜂蜜とミントだけなのに、美味しいよね、これ。」
「ええ。」
「商品化して、売り出そうかな…。」
楓子さんが苦笑する。
「これはこのお庭で、先生が作ってくださるから、心と体に沁みるんですよ。
ペットボトルや缶に入れたら、魅力半減です。
それにそういう商品、もうありますから。😊」
「そっか。ビジネスは難しいのーーー。」
楓子さんは商品化を断念した蜂蜜レモンを口に含み、ゆっくり飲み下した。
温かさと優しさがトロンと身体の中心に落ちていく。
「先生、なんだかいろいろ腑に落ちました。」
「そう?」
「私、人との関係を紡ぐことがどうも下手で、どうしていいか分からなくなっちゃうんです。
でも感覚が違うということは、そもそも分かり合う共通の土台がないってことですね。」
「うん、うん。不安も不機嫌も怒りも、楓子さんと相手とでは意味が違うし、貴女の嬉しいや寂しいも相手のそれとは、レベルが全然違う。
貴女が思うほど、相手は気にしていないんだよ。」
「うまく馴染めない私は、人として劣っていると思っていました。」
「そんなわけないじゃん。その考え方はあかんよ。
HSPは病気じゃないし、欠点でも欠陥でもない。
ただ神経が鋭敏で、拾わなくてもいい情報まで全部キャッチしてしまうから、気になっちゃうの。
でももっとラクにスルーしながら生きる方法はあるよ。」
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