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僕は、君のコピーになりたかった【短編小説】

僕は、君の、コピーになりたかった。君の人生を、まるまるコピーして、生きたいと願っていた。だから、君が大学時代に取得した資格の勉強を始めた。難しかったよ。知らないことばかりだった。社会人との両立も大変だった。毎日、仕事から帰宅して、通信講座の動画を見た。休みは一日中、勉強していた。通勤時間も電車の中でテキストを開いたり、アプリで過去問を解いたり、とにかく勉強漬けの日々だった。

その結果、だと思う。二度目の受験で合格できた。ぎりぎりの点数だったけれど。君のように、合格ラインを、大幅に上回ることはできなかったけれど。でも、合格は合格。とても嬉しかった。やっと君に近づけると思った。

その後、僕は資格を活用して転職した。資格の実務に携われる職場へ。年収は横ばい、もしくは、前の会社より少し下がったけれど、今も充実した日々を過ごしている。顧問先の会社を車で回ったり、事務所で書類作成したり。実務と試験は違うことが多くて(当たり前だけど)、毎日、仕事で悪戦苦闘してる。君のように、大学を卒業してすぐに勤めたわけじゃないから、僕はすでに20代後半だから、年下の先輩がいたりとか、色々なことが、あるけれど。

男女の違いは、やっぱりある。悪い意味でも、いい意味でもないよ。ただ事実として、そう感じるんだ。君の人生を、まるまるコピーすることは、僕にはできないと。気付くのが、遅かったかもしれないけれど、それはそれで許してほしい。まだ、完全に現実を受け止めたわけじゃないから。時間は流れるし、年も取るし、考え方も変わる。20代前半の頃とは感覚が違うし、30歳が近づいて焦る気持ちもあるし。何より、君の昔の写メを見るたび、無邪気な笑顔を見るたび、複雑な気持ちになる。それは変わらない。

どんな風に、働いていたのかな。どんな風に、職場で時間を過ごしていたんだろう。どんな書類を作成し、どんな悩みがあって、どんな風に日々を過ごしていたんだろう。君は、僕といるとき、ほとんど、仕事の話をしなかったよね。だから、分からないことが多いんだ。多すぎる。

今年も、もうすぐ、2月になるよ。この街は、ますます雪が深くなって、歩道から車道が見えないくらい積もって、通勤が厳しい朝もある。そのたび、僕は君を思う。君と同じ仕事が出来ている幸せを噛みしめて、少しでも、君に近づきたいと、思うから。

君はいない。今でも信じられないけれど、ずっとあの頃の現実が、続いてほしいと思っていたし、当然、続くと思っていたし、だけど、一瞬で全てが変わってしまう。ほんの一瞬で。昨日までの現実が、崩れてしまう。当然のことなんて、どこにもないと、気付きながら僕は、何も考えないようにして。

もし君が、どこかで僕を見ていたら、きっと、こう言うだろう。「そろそろ自分の人生を生きなよ」。いつだって、君はそうだった。自分と他者(僕も含めて)の間にゆるやかなラインを引いて、穏やかで、大人で、悲しく微笑んでいた。僕はいつだって夢を語り、いつまでも子どもで、どこまでも未熟だった。

君がいなくなり、はじめて分かったよ。この世界は、残酷で、冷淡で、過酷で苦しい。何をどれだけ望んでも、仮にさまざまなものが手に入ったとしても、やがて全てを失ってしまう。本当に大切なもの、本当に大切な時間、本当に大切な人。やがて必ず、失ってしまう。生きて別れるのか、永遠の別れなのか、自分なのか、相手なのか、そのどちらかしか、ないのだから。

君に出会えて、本当によかった。思い出の中で、いつまでも、生きていたい。だけどそろそろ、現実に戻らなければとも思う。

今は雪が深いから、なかなか、君のもとに行けない。春になれば、もっと行けると思う。たくさん一緒にいたい。いつまでも。

聞こえなくてもいい。見えなくてもいい。感じなくてもいい。無情に時間が過ぎてもいい。君のお墓の前で、僕はずっと、君に語りかけていたい。君がいた時間を思い出していたい。君がいたはずの未来を受け止めたい。

何かを、僕は君に、語りかけるだろう。明日も、明後日も。心の中で、君に、語りかけるだろう。君と同じ仕事に携わりながら、僕はずっと、君に、語りかけるだろう。

守ってあげられなくて、ごめんね。

本当に、ごめんね。

いつまでも僕は、君に、語りかけるだろう。

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