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失敗の中に希望を見出す物語:読書録「最悪の予感」

・最悪の予感 パンデミックとの戦い
著者:マイケル・ルイス 訳:中山宥
出版:早川書房(Kindle版)

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2021年8月10日現在、コロナウイルスでのアメリカ合衆国における死亡者は「36.9万人」。


この結果から振り返る限り、本書は「失敗の物語」と言えるでしょう。
ただしその「敗戦」の陰で、パンデミックを防ぐべく戦略を練り続けていた人々があり、劣悪な環境の中、現場第一線で事態に取り組み、感染拡大に抗おうとした人々がいる。
その不屈の物語こそが「希望」であり、それらの人々が集う瞬間にはゾワっとするものがあります。
それもまた「実」を結ぶことはないのですが…。


読みどころの多い本ですし、「今」読むことで、色々と気づくこともあり、考えさせられることも少なくないです。


前半部分、「パンデミック戦略」を複数の個人が練り上げていく過程は、「ウイルス対策にはワクチンしかない」という前提を崩し、「ワクチン接種までの間の期間に対処することで如何に感染拡大を防ぐか」と言う課題への取り組みでもあります。
「穴の空いたスライスチーズを何枚も重ねる」と言う、最近日本でも比喩例としてよく取り上げられる戦略ですね(多分、本書を読んだ人が引用してるんだと思ういますw)。
まさに「今」我々が直面していることであって、そこでどう言う議論がされ、どういう対策が検討されていたのか…ってのは「実感」を持って読むことができます。
この「対策(介入)」は「タイミング」が極めて重要なのですが(早期である必要がある)、結局ここまで考えられた戦略がありながら、アメリカはその「介入」に失敗します。
ある意味、ここは「日本」の方がうまくやったと言ってもいいのかもしれません。
(「学校閉鎖」に意味があった…と言う意味ではなく、「ダイヤモンド・プリンセス」で早く危機に気付き、対策を「重ね」て行ったと言う意味で。
「学校閉鎖」については日米で背景が違いすぎるので、単純には評価できないと思います)


新型コロナウイルスの感染が始まってからのパートは「官僚主義や政治との戦い」の物語となり、登場人物たちは苦い思いを噛み締めることになります。
特に日本では評価されている組織CDC(米疾病予防センター)の及び腰ぶり・官僚ぶりは甚だしく、本書最大の「悪役」扱いです(まあ、トランプの方がってのもありますが、みんなそこは分かってるのでw)。
本書がよくできてるのは単に「悪役」にするだけではなく、「なぜそうなったか」を最終章に持ってきてるあたり。
このくだりは、ワクチン行政や医療過誤等におけるメディアとの軋轢によって歪んだ形になってしまった日本の厚労省のことを想起させもし、「他人事」とは読めません。
個人的に一番読み応えのあったのはこのパートかも。


「個人や少人数のチームの奮闘が、巨大な組織を凌駕する」
ってのはアメリカ人の大好きな物語。
本書もそう言う構図になっていて、だからこそ「物語」としてものすごく面白いんですが、「面白過ぎて」他のことを見逃してしまう可能性があることは注意した方がいいかもしれないですね。
もっとも最終章に「ジャーナリズムによって批判され、辞職したCDC長官デビッド・センサー」に物語を持ってきた作者は、その危険性にも気付いているとは思いますが。


映画化も企画されてるようですが、読んで退屈しないのは間違いありません。
重ね続けてきたスライスチーズの賞味期限が切れつつあって、ワクチン接種との競争時状態にある日本ですが、「変異株」要素もあって、新たなスライスチーズの必要性も議論されている模様。
そういう視点で読むのも興味深いと思いますよ。


しかしFAX頼りってのは、日本だけの話じゃなかったんやね〜。



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