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「プラットフォーム」としての<ゲンロン>ができるまで…って感じかな?:読書録「ゲンロン戦記」

・ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる
著者:東浩紀
出版:中公新書ラクレ(Kindle版)

批評家の東浩紀さんが2010年に創業した「ゲンロン」の10年の歩みについて、経営を中心としたドタバタ悪戦苦闘を中心に語った作品。
資金繰りや人間関係のゴタゴタ、権限移譲の不具合(資金流用やら、分裂騒ぎやら、業務不全やら)等々、中小企業の経営者としてのアレやコレやが赤裸々に語られています。(語った後にまで「事件」が起きてるくらいw)

まあ、中小企業経営者なら「あるある」なんでしょうねぇ。
僕は友人・知人・親戚で開業医をやってる人や、企業経営してる人を尊敬してるんですが、それは「自分じゃとてもできない」と思ってるから。
できないからサラリーマンやってる、と言ってもいいくらい。
本書は「自分じゃとてもできない」くせに、妙に「夢」を持っちゃった哲学者が中小企業経営に手を出して、色々痛い目にあった末に「組織経営ってこう言うもんなんだ」って気づく顛末…って話かもしれません。
気づいた末に、結局自分は経営のトップから身を引くことになるんですけどね。(その結果、「ゲンロン」自体は経営として安定するようになってます)

結局、東さんが作りたかったのは「コミュニティ」だったんだけど、「ゲンロン」に組織として求められてるのは(広い意味での)「プラットフォーム」だったんじゃないかなぁ、と。(そこらへん、ご本人が「オンラインサロン」と「ゲンロン」が比較されることへの違和感としてコメントされてもいます)
そのことを東さん自身、強く認識しているのに、自分自身の「夢」や「哲学」、「自己認識」なんかがそれを邪魔して、右往左往・悪戦苦闘せざるを得なくなった…という。
終盤に語られる「ホモソーシャル」な関係性への反省なんかには、そこら辺が強く出ているように思います。

「オルタナティブ」や「反スケール」へのこだわりは興味深いですが、一方でそれらが「フィルターバブル」にならないようにするにはどうしたらいいかとか、それらが社会を変えるインパクトになり得るのか、等々については「リベラルの敵はリベラルにあり」を読んだときにも感じたこと。
そこら辺、東さんは「プラットフォームの中立性」や「多様性(ダイバーシティ)への意識」あたりでクリアしていこうとしてるのでしょうか?
それでも社会変革につなげていく最後のところでは、なんらかのマスとしての「力」が必要じゃないかとも思うんですが、そこはどうなのかなぁ。
まあ、現時点においてはこう言う視点が「リベラル」サイドの「なさすぎる」ので、この時点での立ち位置は良いのかもしれません。

なんにせよ、こういう赤裸々な告白をされたと言うことには尊敬できるものがあります。
「金回り」のことを馬鹿にしてちゃ、結局なんもできんからね。(他人のお膳立てに乗るくらい)
そこに気づいてるだけ、僕は東さんを信用します。

まあ、Twitterとか覗いてたら、時々「ん〜?」って感じになることもあるのは、相変わらずではありますがw。

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