見出し画像

母帰る。

親類の葬儀に参列するため、母が珍しく関東方面へやってくると言う。こちらへ来る際には親類の車に便乗させてもらうが葬儀が済んだらわたしが暮らす町のほど近くに住む叔母のところへ一泊してから一人で帰るとのこと。それじゃ帰る前に一緒にお昼ご飯でもどう、その後新幹線の駅まで送るよ、と声をかけてみると、本当?うれしい!と母は予想以上に喜んだ。聞けば葬儀参列のためだけに関東へやって来るのはひどく気が重かったらしい。生まれてこのかた故郷を一度も離れることなく、交通手段といえば自動車が当然の地方都市に暮らしながら運転免許も持たず、普段の外出は父や弟の運転に頼りきりの母が関東へ一人旅するのはかなり不安だったようだ。
でも、◯◯(私)が来てくれるなら楽しみになっちゃった、母のはしゃぐ声が電話の向こうから聞こえてきた。





当日、一緒に過ごした時間はほんの数時間だった。朝、叔母の家を訪ねて母と顔を合わせると叔母家族への挨拶もそこそこに最寄り駅へと向かい、そこから新幹線乗車駅まで電車移動を開始した。まもなく叔母から着信があったので何か忘れ物でもしたかと驚いて電話に出てみると、もう電車に乗ったの、○○駅で乗り換えるのよ、と念を押された。わたしだってこっちで何十年も暮らしているんだからさすがにそれくらいわかっているよ、と思ったけれどその気遣いは私が初めて田舎から叔母の家へ一人で遊びにきた高2の時とまるで同じだと思い当たって気持ちがあたたかくなった。みんな、同じだけ歳を取ったんだなと思う。
叔母の指示に従って電車を乗り換え、やがて新幹線の駅へ到着する頃にはちょうど昼時を迎えた。そこで駅ビルの中に海鮮食事処を探しあて、テーブル席で母と二人差し向かいで食事をした。食事を終えたら次にやって来た列車に乗るという慌ただしさだったけど母は楽しかった、また来たい、ととても喜んでくれてお小遣いまで手渡された。さすがに申し訳ないので留守番している父と弟にと名物の干物を買って持たせた。
新幹線のホームへ続くエスカレーターの手前で持って来た小さなキャリーケースをステップに上手く乗せられずにまごつく母に手を貸しながらまだまだ元気な母も立派な高齢者なのだと実感した(まごついたことについてはその後すぐに弁明があったけど)。新幹線の座席まで一緒に荷物を運び込み、発車のアナウンスが聞こえるまで隣の席に腰を下ろして他愛のない話をした。やがて走り出す列車の窓に手を振って去りゆく新幹線の後ろ姿を見送るやいなや父に到着予定時刻を知らせる電話をかけた。(これは別れ際の母からの指示)マジで箱入りのVIP待遇だ。(自由席だけど)


こうして母は帰って行った。
その後母の去った駅周辺を少しだけ歩き回り、喫茶店に入って珈琲を一杯飲んだ。
母が地元の駅に到着する頃にはわたしも帰路に着いた。










この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?