見出し画像

走れなくなったとき、忘れたくないこと

連日のマラソン大会のキャンセルのニュース。他人事かと思いきや、わたしもごろごろ巻き込まれていました。東京マラソンの流れをくんで、たくさんのマラソンが半ば強制的に自粛をすることになっています。そのことでいろんなニュースが世間を賑わせて、うまれる予定のなかった議論が紛糾しています。よく目につくのは、エントリー費の返還の有無に関するニュース。お金に関わる事象は、どの分野でも注目事項のようです。
いろんなことを考えて、いろんなニュースをみて、これを読んだ人がすこしでも、元気になればいいとおもってnoteを書きます。ギャルモードはすこしお休みです。言葉はギャルかもしれないけど、気分はいたって真剣です。

まさか自分がマラソンの中止ラッシュに巻きこまれるなんて

じつはご縁があり、名古屋ウィメンズマラソンに出場させていただく予定でした。海外のフルマラソンには両手どころじゃないくらいに出場しているのに、日本ではマラソンを走ったことがないわたし。そして出身地が愛知県で、ばあちゃんもおばさんも親族そろって名古屋に住んでいることもあり、人生ではじめての日本でのフルマラソンが名古屋ウィメンズマラソンで最高じゃん!って思ってました。

東京マラソンが一般参加取り止めを発表するまで、コロナウイルスなんてわたしの中でわたしに一切関係ない話でした。だってコロナウイルスがなんだリモートワークがなんだって騒ぐけど、満員電車は変わらないし、わたしの日常がほとんど変わっていないから。明日は我が身って考えるほうがむずかしい気がします。

だから東京マラソンの一般参加が取りやめになったことは、ぶっちゃけ衝撃でした。東京マラソンはワールドマラソンメジャーズのひとつ。ボストンやニューヨーク、ロンドン、シカゴ、ベルリンと肩を並べる大会な訳です。海外から参加するランナーの数も、他のレースとは比にならないほど大きい。だからこそ東京財団はとにもかくにも開催をしたかったはず。きっと一般参加の取りやめを決定したときも、断腸の思いであっただろうと予測がつきます。
東京マラソンが一般参加を取りやめ、そして政府からのイベントの自粛を頼まれてしまえば、ほかのマラソンも付随するしかありません。このあたりから、名古屋ウィメンズマラソンも一般参加が取りやめになるのでは、と世間ががやがやしはじめた気がします。

そしてその予想は見事的中、名古屋ウィメンズマラソンは先日、一般参加を取りやめを決定しました。

出場予定のはずだったフルマラソンが中止になったことは、これで3回目。しかも今回は母国だし、そこまで落ちこまないだろうとおもっていたのですが。それでも名古屋ウィメンズマラソンの決定を知ったとき、ちょこっと涙がぽろぽろしました。特にトレーニングを頑張っていたわけでもない、狙う自己タイムもあるわけでないのですが。
”応援するのを楽しみにしているよ” ”沿道で名前を呼ぶね”ってばあちゃんやおばさんのラインのメッセージを思いだすと、あ、やっぱりわたし出場したかったんだなってしょんぼりしました。自分には関係ないと考えていたコロナウイルスのせいで、まさか出場したい大会に出場できないなんて…寝耳に水どころじゃないです。もうコロナウイルスがほんときらいになりました。

ランナー以外の人に、フルマラソンが中止になった悲しさを伝えるのはむずかしい

フルマラソンがなくなってしまって、とんでもなく落ちこみます。涙がこぼれた人、目標がなくなってどうしようと震える人、日本のいろんなところでいろんな人がしょんぼりしているはずです。とても辛いです、悲しいです。
ただしむずかしいことに、その悲しい気持ちは、走ることが習慣ではない人にはなかなか理解しがたい部分があるのです。

去年の11月、わたしはモロッコのタンジェマラソンに出場する予定でした。そもそもベイルートマラソンに参加をする予定だったのだけど、デモによる情勢不安から中止のお達しが大会の2週間前に届きました。そのとき3週連続でフルマラソンに挑戦する予定だったわたしは、死に物狂いで代打のマラソンを捜索、ようやく発見したのがタンジェマラソンでした。
フルマラソンに参加する心持ちでモロッコに入国。事件は大会2日前におきました。運営から一通のメール、内容は”エントリー人数が少なくて、フルマラソンは開催できません”。
もうショックにショックでした。とんでもなく辛かったです。だってフルマラソンを走るためにモロッコに飛んだのに。そのマラソンが中止になったなんて現実が受け止め切れませんでした。

とりあえずハーフマラソンは開催されるとのことだったので、タンジェまで向かったのですが、精神はもうぼろぼろ。涙もぼろぼろ溢れて、ほんとに辛かったです。
あまりに辛かったので、フルマラソンが大会2日前に中止になってしまったこと、とても悲しい気持ちであることを、父親やお友だち、仲良しの会社のおじさんにメールで送りました。

返ってきたのは

「残念だねー」「でもハーフ走れるんでしょ?ハーフでいいじゃん」「しょうがないねー」

となんともドライなメールばかり。

その返事にも悲しくなって、フルマラソンを走ったことがある仲良しのランナーのおにーさんにメールしました。

「3週間連続でフルマラソン出場する目標が崩れちゃったんだもんね」「タンジェマラソンに賭けてた分、悲しみも大きいよね」「ハーフとフルは全くの別物だもんね」「フルはやっぱり特別だもんね」

うん、これがわたしが言って欲しかった言葉たち。そう、ハーフとフルってやっぱりぜんぜん違うんです。そんなナイスおにーさんのメールには続きがありました。

「自分たちからしたらハーフとフルは全然違うけども、他の人から見ればハーフとフルも同じやからな笑」
「42km走ったやつしかわからん気持ちだから、みんなが理解できるわけではないよ」

ほんとにこれなんですよね。悲しきかな、わたしたちの悲しいきもちは、みんながみんなに伝わるわけではないのです。
東京マラソンの一般参加が取りやめになったとき、「何で16,200円も払って走ってんの?」「大金払って辛いことするの理解できない」みたいな声をたくさん目にしました。彼らには、フルマラソンを走る楽しさがわからないから、悲しい気持ちもそもそもわからないから、こういう声が上がるのは至極当然なわけです。それでも目にすると、すこし悲しい気持ちになりますよね。自分が楽しいっておもって参加しているものを、こう言われるのは悲しい。
だからこそ、ランナー以外の人に、フルマラソンが中止になった悲しさを伝えるのはむずかしいってことを心の片隅に留めておくと、精神衛生上、いろんなことが穏やかにすすむとおもいます。

走れなくて悲しいのはわたしだけじゃなくて、運営してくれていた人、ボランティアの人も悲しい

走れなくなったとき、もうとにかく悲しくて、他の人のこと考える余裕がなくなるときがあります。

モロッコの話に再び戻るのですが、タンジェマラソンの受付に辿りついて、フルマラソンでなくハーフマラソンのゼッケンを受け取ったとき、涙がぼろぼろってこぼれてきて、ボランティアのティーンエイジャーが「ほんとうにごめんなさい、わざわざ走りにきてくれたのに」「ハグしてもいいかしら」って駆け寄ってくれました。そのときのわたしは、それ以上に悲しくて悲しくて、誰も悪くないからこそ、悲しみの行き場がなくて、自分のことしか考えられず、とりあえずハグしてもらってました。

画像1

そんなわたしの横に、颯爽とやってきたリトアニアからやってきたお姉さん。わたしと同じフルマラソンにエントリーをしていたようで、ハーフマラソンのゼッケンをにこやかに受け取っていました。ボランティアが謝罪すると彼女は

「仕方ないわ。あなたたちはとても良くやっている。それにフルマラソンを開催することはとても難しいことだから、仕方ないわ。」

そうにこやかに告げて去っていきました。

そのお姉さん、たまたま宿が一緒ですこしお話したのですが

「42kmのレースに参加することはわたしの人生でここだけじゃない。たまたまひとつがスキップされてしまっただけ。」
「人生は驚くくらい長いくせに、悲しみは一際目立つ、だけどその悲しみにとらわれないで、楽しいことに目をむけることが大切なの」

…数々の名言を残してくださいました。ほんとに人間ができてるっていうか、わたしの人間としてのキャパシティの狭さにも考えさせられました。

もちろん走れなくなってとても悲しいです。そして世の中の関心は、エントリー費の返還の有無やらのお金の絡んだ話題になりがちです。でも、わたしたちと同じくらい、ボランティアや運営の人もこの日のためにいろんな準備をしてきて、それがなくなってしまったことを忘れないでください。彼らも、わたしたちランナーが笑顔でゴールして、この大会がほんとに良い大会だったって言ってもらえることを心待ちにして毎日準備をしていたはずです。ランナーが目標タイムを狙うためのトレーニングと同じように、レースのために日々を費やして準備をしていたこと、忘れないようにしたいです。
だからこそ、運営をしてくれている人に、レースは開催できなかったけど、いろんなことを考えてくれてほんとにありがとうと伝えることが、とても大切に感じます。

楽しいことがなくなったら、かわりの楽しみを増やせばいい

楽しみなことがなくなってしまうと、その楽しみのために頑張っていると、反動でめちゃくちゃ落ちこんでしまいます。わたしも名古屋ウィメンズマラソンの中止と登壇予定だったイベントの延期が重なって、びびるくらい落ちこんでぽろぽろ涙を流しておうちに帰る日もありました。

だけど、どんなに落ちこんでても次の日はやってきます。鬱なまま日々を過ごすと、きっとますます気分は落ちこみます。

だから楽しいことは楽しいことで埋めていきましょう。

幸いなことに、日本にはレースを失ったランナーをなんとか盛り上げたいと、オンラインマラソンなどの企画をしてくれる素晴らしい人たちがいます。

自分のことのように悲しみを感じてくれて、何かできることはないかと考えてくれる人がいっぱいいることを忘れないように、きょうも楽しく生きていきたいですね。

サポートありがとうございます!サポートしていただけて、とても嬉しく思います。いただきましたサポートは旅の資金やマラソンのエントリー費にします。