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20代の頃に広告コピーを勉強したことが、40代のいま経営の仕事にもつながっている話

会社のメンバーがコピーライター養成講座に行った話を聞いて、そういえば自分も20代の頃にコピーの勉強したな、そのときに買った本をおススメしよう、と思ってシェアしていたら、あの頃に勉強したことは今の経営の仕事にもつながってるんだなと改めて気づいたので、備忘録として残しつつ、最後に気づいたことをまとめて加筆したいと思います。  

↓ココから  

そういえばこの前おたね(ニックネームです)がコピー学校かな?に行ったというツイート見て思い出したのだけど、私もリクルートに転職したての27歳のときに広告批評(もう廃刊になりました)のコピー教室に半年間通ってました。※月組ってクラス名でした。懐かしい。宝塚みたいw  

今よりも断然、広告業界が華やかな頃で、20代30代のクリエイティブにあこがれてる人たちがその教室に集まってきてて、スタークリエイターがやってきてコピーを教える、その後にそのクリエイターと飲みにも行けるよ、なんとその教室の場所も東京タワーの近く、というなんとも東京第一線感満載のコミュニティでしたw  

当時のコピーライターやクリエイティブディレクターっていったら今でいう、箕輪さんとか前田ゆうじさんとか、一番注目されてるポジションだったよね。もういまはコピーライターとかそんなイメージじゃないですけどね。  

それで当時の私は、転職したてで正社員でもない契約社員ということで、なんとかリクルートの猛者どもに追いつかねばということでコピー教室に通ったのですが、その華やかさが大嫌いで教室後の飲みには一度も行かず、教室内の誰とも友達になりたくないオーラを出し続けるという若さでしたw(まあ今でもあまり性格は変わってませんがw)  

教室に通いはじめの最初の1、2か月はうまくコピーが書けず、先生(コピーライターです)からの採点もいまいちでした。うまいコピー書く人は教室内で発表されるんだけど一度も発表されたことがなかった。コピーの才能もセンスもないことに気づきお先真っ暗という感じでした。  

ぜんぶで4人の先生に習ったんだけど、私の運命を変えた人は2人目の先生。その方の名前は谷山雅計さんといいます。東大卒、博報堂入社、独立して谷山広告を設立していました。調べると分かりますが華やかな広告時代のコピーを結構書いています。  

谷山さんの2回目の授業で「コピーを上手く書こうとするな。人を動かすために書け」という言葉がありました。この文章だけ読めば、まあ当たり前の話ではあるのですが、当時の私には脳天に稲妻が落ちたような衝撃でした。  

それまで上手に言葉を紡ごうとコピーを書いていた私はその言葉に解放されました。次の宿題は「若者が選挙に行きたくなるコピー」だったのですが、そうか「とりあえず選挙に行きたくなるようなこと言えばいいんだな」って急に楽になって、それで色んな角度からコピーを書いてみました。  

そしたら次の授業のときに私のコピーがいくつか発表されて褒められました。初めて褒められました。今思えばほんと適当なコピーだったですよw。
あんまりよく覚えてないけど、「今の市長、家の横に勝手にラブホテルを建てた。 ~次の選挙に行こう~」とか「選挙行くやつがかっこいい by矢沢永吉」とかそんなやつですw  

そしたら有名人に言わせるシリーズとか、そういう私の作風がそのあと教室でちょっと流行るようになったりして、あれ?マネされる側になったの?と。それでたまに教室で話しかけられるようになったりとか飲みに誘われるようになったりしたんだけど、私はあいかわらずの雰囲気でして、やっぱり行かなかった。あと当時、仕事が死ぬほど忙しかったので夜のコピー教室の後に会社に戻って働いてたりしたから。それと東京タワーのふもとから自宅まで1時間半以上かかったしね。飲みに行けない。東京になんて住めないのよ家賃高すぎて。  

そして半年が経って、最後に卒業制作っていうのがありました。デザインとかCMとかも学んでる他のクラスの人たちと同じテーマで競いあい(それぞれ星組、月組っていうクラス名だったかとw)最後に優秀作品が表彰されます。お題はネスカフェのコーヒーでした。私はコピー教室に通っていたのでコピー一本で勝負しました。  

結果発表の日もあいかわらず仕事が忙しく、遅れて途中で参加しました。会場には100人ぐらいはいたと思うんだけど。そしたら、スタッフから「あ、来た来た」って感じで前に呼ばれて、突然表彰されました。なんと谷山雅計賞を受賞したんです。たしか大賞はCMコンテを書いた人でしたが、大賞獲るよりも谷山さんにたった一人選ばれたのが俺かあ、って思って最高に嬉しかったのを覚えてます。  

その時に書いたコピーが「いいほうのため息が出ます」です。入学当初、なんか上手いこと書こうと文章をこねくり回していた頃から、最後の卒業時にはなんともあっさりした一文に変化し、コピー教室に通った自分を象徴したかのようなコピーでした。  

おたねの投稿を見て、そんな私を変えた一人である谷山さんの名著を紹介しようと思っただけだったのですが、思ったよりポエムが長くなりました。(↓こちらが私がコピー教室で感銘を受けた谷山さんの代表的な書籍です。別に私に広告費は入ってきませんw)

↑ココまで。 

↓最後に。書きながら気づいたことの加筆。

結局、広告コピーを書くことで学んだことって、
手段(コピー)を目的化しない、そもそも何のためにやっているのかを忘れない(誰かの行動を変えるため)、世の中の雰囲気がどんな風なのか常に感じておく、まず相手が何に困っているかを考える、その次にそれを解決するための手段を考える、最後に効果が出てなんぼ(かっこいいクリエイティブつくっても効果出なければ意味がない)等々。  

他にも、才能やセンスがないからといって諦めるのはナンセンスだと分かったし、量が質に転化することはあるし(でも何も考えずに量こなすのはたぶんダメ)、一つのことを突き詰めた後に自省して抽象化して初めて次の仕事に活きることも分かった(コピーがうまくなって褒められて賞をとっただけだったらそこで終わる)。  

いまLINEという場で新しいソリューション考えたり、マネジメントしたり、コーポレート系の仕組みつくったり、経営したり、とか幅広くやらせてもらってるけど、結局は基本の考え方ってコピー書くことであろうが経営することであろうが一緒だと思います。だから再現性があるんじゃないでしょうか。  

何でもいいから何かに夢中になることで、たくさん無駄なこともするんだけど、実はその無駄の中に大切なことが埋まってると思いませんか?
私なんて人がつくった広告をあんなにたくさん勉強して、コピーもたくさん書いたけど、結局は世の中で有名と呼ばれるコピーの賞は獲れませんでした。そしてコピーを書く仕事も辞めました。客観的に見たらこの時間は無駄だったのかもしれません。だったら経済学部・経済工学科出身だしファイナンスや工学を勉強して資格でも取る20代30代を過ごした方が合理的だったのかもしれません。どちらが正解かはわかりません。ただ今もこうして何かを頑張ろうと思える情熱は残っているので、私の20代30代は今にしっかりとつながっていると思います。

どなたかの何かの参考になればと思い書きました。おしまい!


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