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柳町の歩道橋2

 しかし、歩道橋がなくなってから、地上の風のまわりが途端におかしくなった。はじめにそれに気づいたのは、いつも手を取り恐れ多くも3列でそこを歩く2、3人の賢者とでもいうべき「お子さん」たちだった。にぎった手のあいだをくすぐりながら抜けていく心地よい風の感触がなくなっていたのだ。

 そして「お子さん」たちは、かつて歩道橋のあった場所の横にたつイチョウの木に、ありとあらゆる洗濯物がからみついていく過程を目の当たりにした。記念すべき一枚目は、どこにでもあるようなグレーのパーカーだった。おそらく向かいのマンションから風に吹かれて飛んできたのだ。イチョウの木のてっぺん近く、裸になった枝と枝のあいだに複雑にからみついて、枝専門の洋裁術でもなければ、とてもじゃないがほどけそうになかった。「お子さん」たちの直感としては、あれは歩道橋さえあれば防ぐことができた最初の悲劇だった。つまり、数ヶ月前であれば歩道橋が「キャッチ」して、何事もなかったかのように見過ごされるはずの事象だった。

 それからは、風に飛ばされたこの街の何もかもがそこに絡みついた。手の届く高さで「キャッチ」してくれるものが、もうこの街には残されていなかった。だから、風に飛ばされたこの街の何もかもが、手の届かない高さに絡みついてそのままになった。陽の光が当たる時間帯には、絡まったあれこれが光を縦横に反射してキラキラと輝いたが、そのことに気づこうとする者は少なかった。

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