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朗らかに失え


  明転。舞台には机と椅子2脚。

  カトウが現れる。いかにもストーリーテラーといった感じ。

カトウ  とある青年の話。彼の青春は、普通といえば普通。だが、ある種、味気ないものだった。というのも、一番多感な時期にしかるべき経験をして来なかった。彼は童貞を捨て損ねていた。そもそもの起こりは高校時代だろう。同級生女子の「月々の事情」をイジリ倒してしまった結果、女子からの「異性としての対象価値」を失った。それからずるずると、彼は機を逃し続けてしまった。当時青かった己の過ちをそれは、それは悔いた。しかしそれから数年、ついに転機が訪れた。。これは、そんな彼の〝観察日記〟のようなものだ。『十一月二日。PM15:00(ピーエムイチゴーマルマル) 日暮里 喫茶店。』

  カトウ 退場。アンナとリュウが座っている。

アンナ  どうですか、彼女は。 元気?

リュウ  うん、かわいい。

アンナ  …そうすか。 そりゃあ、よかった。

リュウ  ほんとーに、あざます!

アンナ  仲介料をいただきたいくらいだわ。

リュウ  最良物件でした。 人間の友達いるのな。

アンナ  ざまーみろ。

リュウ  最初はどんな刺青を携えてこらえるのかと思ったけど。

アンナ  携えていました?

リュウ  ませんでした。

アンナ  だろー

リュウ  人間てか、天使でした。

アンナ  …そこまで好いてくれれば、こちらも本望。

リュウ  あ、でも変なとこに刺青入れてる系女子じゃないよね?

アンナ  は? なんで私に聞くの?

リュウ  え?

アンナ  え?

リュウ  (あ、やべ。という顔)

アンナ  もしかして、全貌をまだ見てない?

リュウ  ……

アンナ  マジかよ! もう半年ちかくだよね!?

リュウ  ……

アンナ  (一際大声で)まだ童貞かよー!

リュウ  (被せて大声で)うるさ…! (他の客に)あ、すみません。(アンナに)ここルノアール!!

アンナ  なんだよ、せっかくお前の童貞喪失を手伝ってやろうって、こっちはさぁ。

リュウ  いや、マジで申し訳ない。

アンナ  なんでそうならないの? 普段、何してんの?

リュウ  何してるって、何してんだろ

アンナ  どこに遊びに行くの?

リュウ  この前は、動物園とか。カピバラとハシビロコウが好きだって。

アンナ  はぁ。

リュウ  そんで、飯食って

アンナ  からの?

リュウ  帰宅。

アンナ  ……ほかは?

リュウ  池袋とか

アンナ  はいはい、何したの?

リュウ  (思い出しつつ)映画見て、クレープ食って、サンシャインいって、服とかみて、飯食って

アンナ  からの?

リュウ  帰宅。

アンナ  聖者か!! 南口いけ!!

リュウ  み、み?

アンナ  じゃあ、まだ難関突破してないわけか。

リュウ  難関…?

アンナ  なんかさー、そういう感じにならないんだ。

リュウ  なんない……どうしたらなるのかわからん……

アンナ  それさぁ、自分頑張んなきゃダメだよ。女からはまずないと思え。

リュウ  死にてー

アンナ  そんなに奥手だと思わなかった。

リュウ  ざまーみろ。 こんなことなら、お前と一回やっときゃよかった。

アンナ  ……ばーか。

リュウ  やっとく?

アンナ  そういうの、マジやめろ。

リュウ  ハーイ

アンナ  とにかく、次に会うときに誘え。基本的に付き合った以上、男の言葉を女は待ってる。失望させんな。

リュウ  ……わかった。

アンナ  じゃ

 アンナ、席を立つ。

リュウ  あ、おい

  リュウ、タバコを投げる。

アンナ  (キャッチし)?

リュウ  ありがと

アンナ  ……。(合掌し)健闘を祈る。

  アンナ、退場。カトウ現れる。合掌。

カトウ  アンナに激励を受けたリュウは、決心を固めたように覗えた。ついに童貞という足かせを解き放つ時!『十一月十日。池袋・東口・PM 20:00(ピーエムニーゼロゼロゼロ) ファミレス。』

  アンナが座っていた席にアヤコが座る。

  リュウとアヤコ、デートの感想を言い合う。

リュウ  (よきところで)あのさ、このあとどうする?

アヤコ  ん?

リュウ  どうしよっかなーって。

アヤコ  甘いの食べる?

リュウ  いや、そうじゃなくて、

アヤコ  じゃあ、コーヒーにする?

リュウ  じゃなくて……

アヤコ  クリームソーダか!

リュウ  いや、それ系じゃなくてね

アヤコ  じゃあ何系?

リュウ  今後の予定。

アヤコ  え?

リュウ  今日……早く帰んなきゃいけない系ですか?

アヤコ  ……んー、かーくん待ってるからなぁ

リュウ  ああ、お父さん。

アヤコ  普通に帰るって言っちゃった。

リュウ  ああ、そう……

アヤコ  ……

リュウ  もし、よかったらでいいんだけどさ、

アヤコ  うん。

リュウ  アヤコちゃんの都合もあると思うし、無理にとか言わないけど、

あやこ  うん。

リュウ  あー! でも、いきなりすぎるかぁ! 困るよね! うん!

アヤコ  なぁに?

リュウ  いや……

アヤコ  うん。

リュウ  ……帰りたくないんだ。

アヤコ  ……

リュウ  南口に、行きませんか。

アヤコ  ……いいよ。

リュウ  ほんと?

アヤコ  実はね、待ってた。

リュウ  え……

  アヤコ、机に一枚の書類を出す。

リュウ  え?

アヤコ  あのね、うちって、お母さんいないでしょ。 それで、一人娘でしょ。 仕方のないことだけど、必要以上に心配しちゃうの。 私もね、今のお父さんのこと好きだから、あんまりいらない心配かけたくないの。大事に大事にしてくれてるから、私も応えたいっていうか。 だから、できる限りのことは、あらかじめ報告しておきたいの。

リュウ  ”性交渉許諾書”……?

アヤコ  かーくんに隠し事とかありえないの。

リュウ  なんだよ、これ……。

アヤコ  今日、印鑑持ってる?

リュウ  もってるわけないでしょ。

アヤコ  じゃあ指紋でいいや。朱肉はあるから。ざっと目を通してね。

リュウ  …… 

アヤコ  まぁ細々と書いてあると思うけど、第一に、「行為は愛を持って行うこと」

リュウ  はい。

アヤコ  「お互いを尊重し合うこと」

リュウ  はい。

アヤコ  そして、おこなったことは全てかーくんに報告します。 

リュウ  え!?

アヤコ  なにか?

リュウ  全部、お父さんに言うの?

アヤコ  その日の出来事を話すのは当然でしょ。あと、「避妊具の着用は絶対」とします。

リュウ  (ちらっと見る)……。

アヤコ  (視線を返す)……。

リュウ  (視線を戻す)……これ、持ち歩いてたの?

アヤコ  うん、いつ言われてもいいように。

リュウ  マジか……”難関”てこれかー……

アヤコ  同意しますか?

リュウ  ……わかった。 え、ここに名前書けばいいの?

アヤコ  うん。

  リュウ、サインして指紋を押す。

アヤコ  (紙を裏返し)じゃあ、続きまして

リュウ  裏もあんの!? 

アヤコ  有と無のどちらかに○を。

リュウ  なにこれ問診? 「持病」は……無。「近親者に病気」……無。 「過去に性交渉」……(止まる)

アヤコ  ?

リュウ  (迷いに迷って「無」に丸をする)……!

アヤコ  リュウちゃん

リュウ  (ドキリ)!

アヤコ  初めてなの?

リュウ  (恐々と頷き)……。

アヤコ  嬉しい。

リュウ  アヤコちゃん……

アヤコ  続けて。

リュウ  あ、はい。 《今後の確認事項》……くちいんの、有無……?

アヤコ  まぁ、女の子の負担大きいからね

リュウ  あ、ああ! え、これどういうこと!?

アヤコ  今後、やる予定があるか。

リュウ  そ、そんなの、わかんないよ

アヤコ  どっち?

リュウ  いや……でも、えー、ここで決めなきゃダメ?

アヤコ  書類不備になりますね。

リュウ  厳しくない?

アヤコ  リュウちゃん、セックスって尊いことなんだよ。厳しいとか、なに?

リュウ  いや、ごめん、ガチにならないで。

アヤコ  はい、どちら?

リュウ  そんなこと、アヤコちゃんにやらせるわけには……

アヤコ  じゃあ、無しね(丸をする)

リュウ  ハァアアア!

アヤコ  なに?

リュウ  ……「有」、で

アヤコ  じゃあ、ここ二重線引いて指紋。ハイ、じゃあ「有」に丸を。

リュウ  事務的。

アヤコ  じゃあ次、コスプレは?

リュウ  ……「有」で

アヤコ  道具は?

リュウ  「有」で

アヤコ  飲むのは?

リュウ  (泣きそうになりながら)全部、「有」で!

アヤコ  了承でーす。

リュウ  これで以上?

アヤコ  設問は。

リュウ  突破……

アヤコ  あとは、これに同意したらサインを。

リュウ  ……「あなたは、石川アヤコを一生愛しますか」

アヤコ  うん。

  リュウ、少し考える。しばらくしてペンを持つ。

リュウ  「愛します」

アヤコ  ……。

リュウ  (指紋押し)っと……。

アヤコ  ありがとう。

リュウ  いや……。

アヤコ  (てきぱきと)そしたらば審査結果は後日報告しますので。

リュウ  は?

アヤコ  今日はこれにてお引きとりを。

リュウ  ちょ、ちょっと待って! 今日、そういう流れじゃ

アヤコ  言ったでしょ。「隠し事はありえない。」 審査が通ったら連絡するね。

リュウ  審査官って

アヤコ  かーくん。

リュウ  だよねー! えー! えー!

アヤコ  じゃあね、リュウちゃん。愛してる。

      アヤコ、リュウに敬礼する。退場。

      つられて敬礼するリュウ。

リュウ  ええ……。

  リュウ 退場。カトウ 現れる。

カトウ  アヤコは颯爽と帰宅した。何故だかどこか堂々としていた。最強の兵器を手にしたような、勇ましさだった。『自宅・PM22:00(ピーエムニーニーマルマル)』そんな紙切れを……俺に見せた。

  アヤコ、モノローグの裏で席に着く。

  カトウ、アヤコの向かいの席に座る。

  アヤコ、カトウに書類をわたす。

カトウ  (眺めて)ずいぶんなもん、書かせてきたなぁ。

アヤコ  わかりやすくていいでしょう

カトウ  別に、ここまでしなくていいんだぞ。

アヤコ  いいの。喜んで書いてくれたよ。

カトウ  ちょっと彼に同情するよ……。

アヤコ  愛します。だって。

カトウ  ……よかったな。

アヤコ  どうする?

カトウ  どうするったって

アヤコ  かーくんのアヤコじゃなくなっちゃうね。

カトウ  そうだなぁ

アヤコ  ダメだったら、破って。

カトウ  ……いいよ。

アヤコ  いいの?

カトウ  だって、アヤコを愛してくれるんだろ? 一生。

アヤコ  うん

カトウ  じゃあ、任せた。

アヤコ  (悲しげな表情)……。

カトウ  ?

アヤコ  (にっこり)ありがとう。

カトウ  ん。

アヤコ  大好きだよ、かーくん。

カトウ  どうも。

  アヤコ 退場。ひとり残るカトウ。

カトウ  大事にするということは、同時に縛りつけてしまうことだ。 俺は意図せず、彼女に首輪をかけていた。 そろそろ首輪を外してやってもいいと思う。 それは彼女のためであり、自分自身のケジメでもある。離れていくのは少しさみしいが、彼女にはもっといろんな世界を見て欲しい。 何より俺は、アヤコの笑っている顔が好きだ。……いってらっしゃい。俺は君に託すことに決めた。震える指で「一生愛す」に印を押した、まだ青い君に。彼のこれから訪れる遅咲きの青春に、俺は陰ながらエールを送った。……あとは君らの自由だ。好きにやんなさい。

  カトウの背後で、リュウとアヤコがホテルに入っていく様。

  アンナ現れる。手にはリュウにもらったタバコの箱。

カトウ  俺はずっと見てるから。

  カトウ、リュウとアヤコの一部始終を見守る。

  暗転。


★補足

リュウ  付き合った経験はあるにはあるが、「友達でいた方が楽しかった」「なんか違う」とか言われちゃって短いスパンで終わっちゃうタイプ。

アンナ  リュウの高校時代の友人。密かな恋愛感情を抱いてるけど、今さら死んでも言えない。アヤコとは幼なじみ。アヤコの家庭の複雑さを知っている。

アヤコ  極度のファザコン。カトウのことは、父としても恩人としても異性としても好き。リュウのことも恋人としてちゃんと好き。でもカトウには敵わない。

カトウ  アヤコが心配でついついストーキングしてしまう。リュウの身辺情報もリサーチ済み。アヤコには内緒。

アヤコとカトウ……血が繋がっていない。アヤコが産まれたあと、両親離婚。その後、カトウと付き合う。籍は入れなかった。高校卒業間近で母が病死。その後は、カトウがアヤコを引き取る。以来、二人暮らし。基本的に相思相愛である。

池袋南口……ラブホとかソープとかサウナとかいっぱいある。


2014/11

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